新文芸坐で『デス・プルーフ』と『プラネット・テラー』の二本立てを観てきた。
客入りは年の瀬にもかかわらず、ほぼ満員。
やっぱりこの二本は二本立ての映画館で観るのが正しい鑑賞方法のような気がする。
『デス・プルーフ』はアメリカ公開版の方がテンポは良いし、まとまりもよい気はするけれど、女性がより魅力的、というか、フェティッシュ、というか、タランティーノがねちっこく撮っているのは単体公開版の方だろう。
誰だったか忘れたけれど、コラムニストが、入学試験なんかで「選択肢」という単語に「肢」という漢字が入っていて、それが妙に艶かしく感じる、と言っていた。その感じ方の是非はさておき、タランティーノは足というよりまさに肢をなめるように、文字通りカートラッセルに舐めさせたりしているし、撮っていた。
これもソースが不確実なのだけれど、タランティーノはリンチのことが余り好きではないそうで、その理由がなぜ彼のように好き勝手撮っている作品が観客に受け入れられているのか理解できないからだそうだ。
タランティーノもたいがいじゃないか。リンチはむしろ受け入れられずに殆ど自主制作みたいな形で公開しているのに。
いやはや、それでもまあ、ラストのカーチェイスの盛り上がりっぷりといったらない。
ああ、映画って最高、と脊椎が痺れるほどの快感を味わった。
何度でも観たいな。ただし、映画館で。
以前六本木でアメリカ公開版を観たときは、ファンばかりだからだと思っていたけれど、この日も上映後拍手が起きていた。
いい映画には自然と拍手が出るね。
『プラネット・テラー』も相変わらずのロドリゲス映画。
面白くて、1年の締めくくりにはめでたくて良い。
隣の席が女性二人で観に来ている人で、膝を叩いて愉しんでいたのだけれど、休憩時間に、2人で、あの人(カート・ラッセル)自体は全然デス・プルーフじゃなかったんだね。と言っていた。
おもろ。
投稿者 huggy : 23:59 | archives
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