”ギブ‐アンド‐テーク”の続きを書きました。
誰も読んでないんじゃないかと思うことしきりでございます。
それでも構わないのです。これこそが私のタートの在りかたなのですから。
タート万歳。
”ギブ‐アンド‐テーク”の続きを書きました。
誰も読んでないんじゃないかと思うことしきりでございます。
それでも構わないのです。これこそが私のタートの在りかたなのですから。
タート万歳。
明日の夜にアップすると言いながら、お前は自転周期何時間の惑星に住んでいるんだ、という感じですが、とりあえずある程度までは書いてみました。色々と話が飛んでいる気もしますが、無い知恵絞って書いてみました。
よかったら読んでみてください。
”ギブ‐アンド‐テーク”を日本語で言うと何に当るのか、まで書いたのですが、そこから肝心の「愛」まではまだ書けていません。この”ギブ‐アンド‐テーク”考を踏まえて、書きたいと思うので、コメントの返信もそれまでお待ち願います。例のごとく「乞わず、ご期待」にて。
A会で骨折者が立て続けに出たということを契機にして、私が抱いていた不信感を文章にしました。長いです。読みにくいです。偉そうです。でも、この文章が読まれることによって何かが少しでも変わってくれればいいのですが。
「将軍のアーカイブズ」
http://www.archives.go.jp/event/haru_aki/05haru.html
って言葉は中々奇妙な言語感覚だと思いませんか。
私は映画の感想を書いている。大したものではないのだが、それでも、一応気をつけていることがある。それは、「本質」という言葉を使わないようにする、ということだ。それは以前ある映画ライターのHPにて「本質」という言葉を用いることの無意味さと危うさについて読んで感銘を受けたからなのだが、それに加えて、今日美術概論の講義でも同じようなことを扱ったので、その理由を書いてみたいと思う。
夜中、テレビをつけたら、雑誌LEONの編集長とその友人二人が、若槻千夏と話すトーク番組をやっていた。何とはなしに暫く見ていると、思わず笑わずにはいられない内容だった。
そもそもLEONやBRIOといった中年男性向けの雑誌の方向性には疑問を感じていた。「ちょい不良(わる)オヤジの作り方」や「ちょいモテコヤジ」なる文字が躍る誌面、腹が出ていてもかっこよくと言いながら写っているモデルはジローラもをはじめスタイルのいいイタリア人男性が殆どで、誌面に広告が占める割合はとても高く、内容は薄い。
その番組で、編集長はこう語っていた「高学歴で高収入だけど、どこか不良っぽいところがあるオヤジがいい」のだそうだ。これが所謂「ちょい不良オヤジ」というのだろうが、アウトローでもなんでもないのに、異性にアピールするために上辺で不良を気取っている者が魅力に乏しいことくらいは20代の若造の私でも容易に想像がつくのだが、私には想像もつかない世界が40代以上の「ちょいもてオヤジ」の方々には広がっているのだろうか。編集長は最新号を片手に、嬉しそうにゴルフ場でクワガタムシが居る木を見分ける方法を私のアイデアで掲載したと語っていた。ボールを捜しに行った帰りにクワガタを捕まえて見せて、遊び心を演出するんだそうな。これはもう、醜悪を通り越して滑稽でしかないとは思わないだろうか。
書いているレベルが、HOTDOGPRESSなんかと同じだということに気付かないのだろうか。