4.音楽の最近のブログ記事
今日東京に少し雪が降った。
それを見て、雪に似合う音楽はなんだろうと考えたとmixiに書いている人がいた。
私はそのとき、昼食のベーグルを買いに出ていたところで、押しよせるさまざまのものを締め出そうとして、ipodでTMGEのアルバム"ロデオ・タンデム・ビート・スペクター"を聴いていた。trackは多分、"ターキー"だったと思う。
この曲はとても好きだけれど、雪に似合う曲というわけではない。
そこで今、ふと雪に似合う曲って何だろう、と少し考えた。
まず頭に浮かんだのは、ジャズピアノだった。なんとなく、雪のイメージとジャズピアノがつながったというだけで。
最初に浮かんだピアニストは、Bill Evansで、なんとなく"Green Dolphine Street"ぽいか、とも思ったのだけれど、あまりしっくりこない。
この動画はMiles Davisの"1958 Miles"に収録の"On Green Dolphin Street"だけれど、雪に似合うといえば、むしろBill Evans の"Green Dolphin Street"に収録の曲の方だと思う。
ただ、この曲が雪に似合うとしたら、今日のような、雪と雨の間のような雪ではなくて、もっと軽やかな雪のような。そんな気がする。少し楽しげで。
この曲もちょっと違うな、と思って、同じBill Evansなら、Miles Davisの"Kind of Blue"に収録の"Blue in Green"が思い浮かんだ。
これも、ちょっとクールすぎるような気がする。
かといって、Keith Jarrettは叙情的過ぎるような気がするし。
なんとなく、今の気分に合うのは、端整なBill Evansのピアノよりも、少し病んだ感じのするBrad Mehldauの方かもしれない。
Brad Mehldauのどの曲、と思っても、絞りきれない。アルバムだと"Live in Tokyo"の雰囲気かなとも思う。
http://www.bradmehldau.com/media/index.html
なかなか雪に似合う曲というのは難しい。
ただ、雪を歌った曲なら、とても好きな曲がある。
Sionの"雪かもな"だ。
こんな冷え込む夜には、熱い珈琲にラムを少し。
ではまた。
朝、随分と遅くなった日の出がようやく見え始めた頃、重くなりがちな足どりを少しでも軽くするために、私は音楽を聴く。
こんな朝に聴くのは、最近ずっとTMGEだ。
Thee Michelle Gun Elephant。
私がきちんとTMGEを聴いたのは、とてもとても愚かなことに、アベフトシ逝去のニュースが流れてからだった。
ラジオから流れてきた曲がものすごく格好よくて、その曲がスモーキンビリーというTMGEの曲であるということ、そして、そのバンドはもう聴けないことを知った。
『This is it』への熱狂や、忌野清志郎への追悼ムードへ感じる複雑な感じが、そのまま反射した形での後ろめたさを感じながら、TMGEを聴いている。
この朝に聴いていたアルバムは"SABRINA HEAVEN"。
その中の"メタリック"という曲を聴いていて、「詩情」ということについて考えた。
きっかけとなったのは、同曲のこの一節。
人を愛したときにはさ
人種とか国籍とか
性別とかそんなことは
ポテトチップスぐらいなもの
(Thee Michelle Gun Elephant "メタリック")
なんというか、歌詞だけだとこの曲自体から受ける印象とは随分と異なるのだけれど、それはおくとして。
この「ポテトチップスぐらいなもの」というのでしか表せないものこそが、詩情なんだろうな、と感じたのだ。
どういうことかというと、「ポテトチップスぐらいなもの」という表現を聞くと、つい「どういう意味で?」と問いたくなる。
「人種とか国籍とか性別とか」にはある性質があって、そして「ポテトチップス」にもある性質があって、その両者の性質が重なり合っていて、かつその両者においてその性質が重要な意味をもつ、という意味において、「ぐらいなもの」という表現を使っている、とか。
それは間違いではない、おそらく。
論理的といわれる思考はそのようになされるのだろう。
しかし、この部分の歌詞にはそのような思考方法では決してたどり着けないものがある。
ポテトチップスのように軽いとか、ジャンクなものだとか、何より簡単に割れてしまうこととか、そういう言葉を幾ら重ねても、決してたどり着けない余剰がこの表現にはあるように思うのだ。
つまり、「ポテトチップスぐらいなもの」という表現でしか表せないもの。
それは「つまりはこの重さなんだな。」(梶井基次郎『檸檬』)としか表現できないものであったり、「あぢさゐの花」(萩原朔太郎『こころ』)としか表現できないものであったりするのだろう。
比喩という表現がもつ豊かさとして当然のことなのだろうけれど、つい、「そのココロは?」と問うてしまう。その傾向にはある種の乏しさがあることには自覚的でありたいと、そう思った。
そんな、こんな。
「私」で始まる文章を、書くことも読むこともなくなって、随分と経つ。
構成を考えることなしに文章を書き始めるということも、もう随分とない。
だから、「私」は、今現在、ここに何を書けばいいのか、どう書けばいいのか解らなくなっている。どう書けばいいのか、という点については何とかなるとしても、何を書けばいいのか、という点については、その多くが、個人的過ぎるか、個人的ではなさ過ぎるために、書くには適さないことばかりだ。
だから、今から、Hauschkaの話をしようと思う。
「私」がHauschkaを知ったのは、友人Nにquasimode(これはこれで説明を要するかもしれないけれど、それはまた別の話だ。)についてメールをした際に、「ハウシュカええで」と教わったのがきっかけだ。
それはつい先々週くらいの話で、まだアルバムを一枚聴いたきりだけれど、これが感動に値する体験だった。
Hausckaとは…と簡潔に語ろうとしたら、wikipediaを引用するのがセオリーかもしれないけれど、あいにく日本版のwikipediaにはHauschkaの記事はないようだ。そこで、はてなキーワードをみていただこう。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Hauschka
ということだ。
プリペアード・ピアノという、ピアノの弦に金属などの素材をはさむことによって、音色を変化させる楽器(ピアノとは異なる楽器として扱われるらしい)を用いた音楽を演奏する。
どういうものかは、映像で見た方が早いだろう。
このプリペアード・ピアノを使ったHauschkaの音色が素晴らしい。アナログな楽器でありながら、エレクトロニカっぽい音色になっているし、なんといっても、この叙情性だろう。
どの曲も、まるで映画のような叙情性に溢れていながら、陳腐にはなっていないし、一曲一曲は短いのに、とても深みが感じられる。
ああ、素晴らしい。ずっと聴いていたい。
友人Nとは、その後会って、Hausckaの良さについて語り合ったのだけれど、Nも私も、「夜中に部屋を真っ暗にして、独りで酒飲みながら聴きたい」みたいな音楽が大好きなので、その嗜好性ゆえにHauschkaが好きなのかもしれないという点はあるのかもしれない。
もっとも、Hauschkaには、健康的な爽やかな風も感じられるとは思うのだけれど。
Hauschkaの曲は
オフィシャルHPでもmp3形式で何曲も聴くことができる。
http://www.hauschka-net.de/sound.htm
さて、Hauschkaの話は以上だ。
「私」が何が言いたいか、というと、現在私は、独りで珈琲を飲みながらHauschkaを聴いているということ。そしてそれがとても素晴らしい音楽であるということ。
こういう音楽を知ることができる機会はとても貴重で、感謝するとともにとても不思議な気がするということ。
また、Hauschkaが先月末に来日していたことを知って、「私」は地団駄を踏んで悔しがったということ。
「私」は今のところこういう風に日々を生きているということ。
そんなこと。
この1週間で少し睡眠不足だったので、昨日は家に帰ったら夕食もとらずに眠った。
だるくなるくらいに眠って、今朝目を覚ましてラジオをつけたら、忌野清志郎の訃報が伝えられていた。
うそだろ、忌野清志郎が死ぬなんて。
きっと、寝すぎたから、頭がどうかしたんだ、そう思ってインターネットのニュースを見ても、やっぱり大きく扱われている。今まで、有名人の訃報が伝えられて、それを聞いて「ご冥福を」と言う人の気持ちが良くわからなかった。おそらく、自分が影響を受けたけれど、面識のない人の訃報というのが、今までなかったから、想像できなかったのだろうと思う。
私は後述するように、忌野清志郎にはとても大きな影響を受けている。そして、今回同思ったかというと、整理しては言えない。それでも、やっぱり衝撃は大きい。それは、きっと、忌野清志郎が、自分の一部になっていたからだと思う。
私が忌野清志郎を初めて知ったのは、中学生の頃だった。TVで流れていた"スローバラード"を聴いて衝撃を受けた。あの声、あの歌詞、あのメロディ。そしてその曲は、随分と昔のヒット曲だということ、今は解散したRCサクセションというバンドの曲だということ、忌野清志郎という人は今も音楽を続けているということを知った。
私はそれから、tsutayaに通って、RCサクセションと忌野清志郎のCDを片っ端から借りた。当時の小遣いでは、すべてのCDを買うことはできなかったし、私はとにかくすぐにでも少しでも多く彼の曲を聴きたかったからだ。
そして、daydream believerだった中学生の私は、周りがラルクとかを聴いている間、ずっと忌野清志郎とRCサクセションの曲を聴き続けた。今思えば、他人と違うものを聴いてみたいという、思春期独特の自意識の発露とも思えるけれど、発売禁止となった過去の曲のエピソードなんかはとてもかっこよかったし、かっこいい大人というのは、こういうものだと思っていた。
そして、高校生になっても、聴き続けていると、君が代のパンクバージョンが発売禁止になって、インディーズから発売されるというニュースを聞いた。私はやっぱり、とても嬉しくて、このCDは買った。今思えば、初めて買った忌野清志郎のCDがこれで、これ以降私は、同時代の忌野清志郎を追い続けた。
今回の訃報で、違和感を感じたのは、やっぱり多数のニュースは、RCサクセションの忌野清志郎としての扱いで、1990年代以降の曲については触れられていなかったように思うからだ。私にとっての忌野清志郎は、同時代の音楽であって、だからこそとてもかっこよかった。
その思いは、大学生になっても変わらず、東京に出てきて一番初めに入ったライブも、忌野清志郎だった。当時ラフィータフィーというバンドを結成していて、その2度目の全国ツアーの東京公演だ。ライブハウスでの全国ツアーというコンセプトだったこのライブも、渋谷のライブハウスで行われていて、とても近くに、中学生から聴き続けた忌野清志郎がいるということが、何か信じられないことのように思えた。
ライブの最後には、出口でメンバーが挨拶をして送り出すというのも、夢の世界のようだった。
そして、Tシャツがビショビショになるほど激しく動いた私は、帰り着いた家の玄関で、両足が攣った。
そのライブで、とても印象的だった場面がある。
それは、"夢"という曲の前のMCだ。
俺には夢がある!俺には夢があるんだ!I have a dream!
と叫んだあとで、
世界中から、戦争がなくなることだ!と忌野清志郎は叫んだ。
そして、その後に始まったのは、その激しさと対照的なくらいに、穏やかで、美しい曲だった。
夢があるのさ ひとつの夢が
遠い遠い道でも大丈夫さ
夢をこの夢を忘れないから夢にのらないか 人は笑うだろ
ちっぽけな夢だけど 大丈夫さ
夢をこの夢を信じられるかい?夢はそのままじゃただの夢のまま
誰かがそばに居なけりゃ
この夢が可愛そうだよ
この夢が可愛そうだよ君は笑うかな? おかしな夢さ
力を合わせりゃ 大丈夫さ
夢をこの夢を信じられるかい?
(ラフィータフィー "夢")
このMCと曲に、今思えばとても忌野清志郎らしさが表れていたのだと思う。つまり、原発反対の歌や、FM東京批判の歌や、北朝鮮批判の歌や、君が代など、様々の話題になった「怒りの歌」の側面と、スローバラードなどのセンチメンタルな側面と。
その両面が、矛盾せずに同時に存在しているからこそ、とても魅力があったし、私もああいう大人になりたいと思ったのだろう。
その後も、新しいアルバムが出たら買い、絵本のサイン会にも行って直筆サインを貰ったりした。
私が行ったツアーの前年のツアーのドキュメンタリー映画『不確かなメロディー』は劇場で観たし、DVDだって買った。
(このエントリーは、DVDを酒を飲みながら観た後に書いている。)
つまり、私は、21世紀の忌野清志郎のファンだったわけだ。
一番いいアルバムは"Ruffy Tuffy"だと信じているし、"トランジスタラジオ"や"雨上がりの夜空に"よりも、このアルバムに収録されている曲の方が好きだ。
先ほど引用した"夢"は素晴らしすぎるし、"Sweet Lovin'"もとても良い。
また、このアルバムではないけれど、"水の泡"を失恋したときに聴いたりしたっけか。
斑尾高原まで自転車で行ったときも、Ruffy Tuffyのステッカーを自転車に貼っていった。
ああ、何だかいかに自分がファンか、を書いているだけのように思う。つまらないな。
そういえば、最近、忌野清志郎に関する不思議なエピソードがあった。
先日池袋のお好み焼屋でお好み焼を食べながら飲んでいたら、BGMに流れていた曲が、忌野清志郎がタイマーズ名義でカバーした"デイ・ドリーム・ビリーバー"だった。
この曲も私は最も好きな曲の一つなので、一緒に飲んでいた人相手に、ご機嫌に話したりしてしまった。
少し暑苦しかったかと反省していたら、翌日、全く別の、私が忌野清志郎のファンだと知っている友人から、忌野清志郎が歌っている"デイ・ドリーム・ビリーバー"ってどのアルバムに入っている?というメールが届いた。
2日連続で、忌野清志郎、しかも"デイ・ドリーム・ビリーバー"の話というのが、なんだかとても不思議だった。
さて、今、私は紆余曲折ありながらも、夢をもって生きていて、その夢を話した人には、全くdaydream believerかのように見れるけれど、なんだかんだいって、此処にいるのは、東京に来て間もない頃にきいた、忌野清志郎の俺には夢がある。夢もっているか!という問いかけの影響はとても大きいのかもしれない、と思っている。
これだけ大きな影響を受けた忌野清志郎の死を聞いて、結局私はどう思ったか。身近な人の死というのとは、少し違う。なんとも不思議な衝撃だ。
もう忌野清志郎の新譜が聞けないし、ライブにもいけないのは残念でならない。何より、忌野清志郎という表現者がいなくなってしまったのはとても残念だ。
けれど、今は、忌野清志郎から影響を受けた、夢を、夢のそばにいようと思う。
そういえば、"デイ・ドリーム・ビリーバー"は、以下の歌詞で締めくくられる。
ずっと夢見させてくれてありがとう
僕は daydream believer そんで 彼女がQueen(ザ・タイマーズ "デイ・ドリーム・ビリーバー")
ずっと夢見させてくれてありがとう。
私はまだdaydream believerだし、これからもたぶんそうだ。そんで、あなたは私の中でのロックンロールKINGだった。
−PMGがBNTに!
と云うタイトルのメールが届いて、一体何のことだろう、と思って本文を読むと、パット・メセニーが年末年始ブルーノート東京に来日するということだった。
このメールの送り主は、パット・メセニーの熱狂的ファンで、以前私が行ったメセニー・メルドー(ブラッド・メルドーとパット・メセニーのユニット)の来日公演の際に、知り合った方だ―私は見知らぬ人から話しかけられることが時々あって、そのほぼ100パーセントが年配、それもおじいさんといったくらいの年齢の男性に話しかけられる場合なのだけれど、このときは珍しく例外だったのだけれど、それはまた、別の話。
おお、行ってみたいけれど、やっぱりチケット高いなあ。
と思っていて、
そういえば、ブラッド・メルドーの来日はどうなっているんだろう、と思って、HPをチェックした。
というと、久々にチェックしたみたいだけれど、実はかなり頻繁にチェックしているのであり、来日公演を待ち望んでいるのである。
噂では、以前のライブの集客がそれほどでもなかったとかで、来日の交渉がもめているという話だったので、少しあきらめていたのだけれど、
ついに!
オフィシャルHPに!
http://www.bradmehldau.com/tour/index.html
March 2nd, 2009 Billboard Live Osaka Osaka, Japan
March 3rd, 2009 Suntory Hall Tokyo, Japan
おおお!
ローソンチケットで!
http://l-tike.com/oc/classic/bm_trio/
おおおお!
万難を排して行く!
S席で観たいなあ。
Brad Mehldauがまた日本に来るという噂を聞いたので、HPをチェックしていたのだけれど、載っていなかった。
噂は噂ということか。
しかし、Podcastが始まっていたのを知ったのは収穫だった。
しかも、その内容がすごすぎて笑った。
http://www.bradmehldau.com/media/index.html
Metheny Mehldau のインタビューとかも興味深かったけれど、曲がそのまま配信されているのには驚くばかり。
"Alvarad"や"Solar"が配信されていて、ビットレートも192kbpsだし。
映像配信もなかなかにすごくて、かなり高画質でライブ映像なんかが見られる。
良い時代だなあ!としみじみ思う。
radioheadの"Exit Music"のカバーなんかは、もう後半がかっこよすぎる。
無料でこの品質を惜しげもなく配信というのは、素晴らしい。
無料なんだし、ジャズを聴いたことがない人もこの機会に一度聴いてみてはいかがでしょうか。
気に入ったら、アルバム"Largo"でも聴きましょう。
大抵のツタヤのジャズコーナーには置いてあるはず。
といっても、私も偉そうに言えるわけじゃなくて、ジャズというより、メルドーが好きなのだけれど。
そういえば、新しいライブ盤買わなきゃなあ。
評判が良いらしいし。
ジャズつながり?で、持っていたけれどあまり聴いていなかったノラ・ジョーンズを聴いてみたら、なんだ、いいじゃないの、といった具合。
いまさら。
ラブ・アクチュアリーのサントラに収録されている"Turn Me On"も良い感じだし。
少し前にかかりまくっていた"Thinking About You"もやっぱり良い(PVもいい)。
『マイ・ブルーベリー・パイ』の雰囲気と違った、スモーキーな声がとても良いなあ。
他のも聴いてみるとしよう。
ほんといまさらな話だけれどね。
We're an oyster cracker on the stew,
And the honey in the tea,
We're the sugar cubes, one lump or two,
In the black coffee,
The golden crust on an apple pie,
That shines in the sun at noon,
We're a wheel of cheese high in the sky,
But we're gonna be sinkin' soon.
(Norah Jones "Sinkin' Soon")
"Sinkin Soon"のPVはオフィシャルHPで見られるのだけれど、
http://www.norahjones.com/
その爆笑問題みたいなネズミのコスプレはどうなんすか。
いつのまにか1ヶ月以上も更新していない。
『助太刀屋助六』
『鉄コン筋クリート』
『アンブレイカブル』
『2046』
『ユメ十夜』
をDVDで観て、
『スルース』
『マイ・ブルーベリー・ナイツ』
を映画館で観た。
小林大吾のインストアライブに行って、サインを貰ったり。
ああ、花見もしたな。
そんな、こんな。
それにしたって、春にも程があるってほどに春だ。
私はどちらかといえば、冬は得意だし、好きな方で、といっても、穏やかな冬しか知らない都市生活者だからこそなのだろうけれど。
中島らもも同じことをエッセイで、春は「眠い性格」に拍車をかけてくれるので、一日中でもぼんやりしてしまうと書いていた。
私もどちらかといえば「眠たい性格」で、春は少し苦手だ。
いろいろとざわざわするので、最近は、そのざわざわをさらに奮い立たせてごまかすために、もっぱらeastern youthを聴いている。
もう何度聴いているかわからないくらいで、私のipodには常にeastern youthの曲が入っている。
このバンドがまだ活動休止じゃなくて、新作もしっかり発表してくれているってのが嬉しい。
最近eastern youthを聴いているって人に言ったら、「懐かしいなあ」といわれたけれど、私にとっては現在進行形だったりする。彼はどうして聴くのをやめたのだろう。聞きたかったけれど、聞けなかった。
ともあれ、eastern youthは春に聴くにも相応しい。
ざわざわをさらに奮い立たせてくれるような気がするから。
知っている事なんて砂で出来た城さ
波に攫われて瞬く間に消える
残されるものは何?残された私は誰?
雲が逃げて行く背中に赤く背負い込んだ夕焼け色は
暗く疼く傷か
焼けるように生きている証か後悔は何時の日も排水溝に流す
道に迷う日は裸足で歩く
立たされた位置を知る
それを知り、超えて行く
それが今日なんだ
(eastern youth "赤い背中")
そういえば、中島らもは、春が嫌いなのは自己嫌悪の一種だと書いていた。
少し解る気がする。
ついに会った、鳥-bird-に。
最近ジャズを余り聴いていないな、と思い、前から気になっていたジャズベースを聴くことにした。
手当たり次第に有名な人を聴いてみようと思い、ジャコ・パストリアス、ポール・チェンバース、ロン・カーター、チャールス・ミンガス、とまさに手当たり次第に借りた。
それらを聴いていると、お、これいいな、と思う曲があって、それがポール・チェンバースが演奏している"Chasin' The Bird"という曲だったのだ。
"Chasin' The Bird"というのか、と思い、CDを見たら、納得した。そうか、オリジナルはチャーリー・パーカーなのか、と。
こんなことも知らないから、ジャズのことを書くのは気が引ける。
ジャズを殆ど全く知らない私でも、チャーリー・パーカーの名前は知っていて、そのニックネームがbirdということも知っていた。
大江健三郎の小説によって。
大江健三郎の小説でバードというニックネームの主人公といえば『個人的な体験』が有名で、他には短篇の『不満足』にも出てきている。
このバードという人物が同じニックネームを持つジャズミュージシャンから来ていることは知っていたし、チャーリー・パーカーの名前も一応は知っていた。
今まで聴いたことはなかったけれど、なんだか、やっとバードに出会えた気がして、とても嬉しかった。
まさに、"Chasin' The Bird"だ。
ずいぶんと回り道ではあるけれど、急ぐ道でもない。
このバードという人物は実に印象的で、私が特に『個人的な体験』が好きということもあるのだけれど、バードがまだ20歳のころの話の『不満足』も非常に印象深い作品だ。そして面白いのが、『不満足』はまさに初期大江作品の特徴が色濃いのに比べて、『個人的な体験』は、まさにそんな初期初期大江作品から決別するきっかけともいえる作品で、それらに同じバードという登場人物を通して描かれているという点だ。
『不満足』の冒頭で、バードは次のような人物として描かれる。
(<>内は原文ではふりがな)
鳥<バード>には、容貌、骨格、肉づき、姿勢、態度すべてに、あの神経過敏な羽根だらけの運動体を思い出させるところがあるからだ。鳥<バード>のすべすべして皺ひとつない鼻梁は鳥のクチバシのように張って力強く湾曲しているし、眼球はニカワ色のかたく鈍い光をもって用心深く、あんずの実の形でつりあがった眼のなかで動いている。脣はいつもひきしめられているように薄く硬く、頬から顎にかけては鋭くとがっている。髪は赤っぽく炎のように燃えたって空に向かっている。鳥<バード>が肩をはって前屈みに歩いているところは、痩せた運動家タイプの老人のようで、そして結局、鳥に似ている。そしてかれの性格の若いながらの重厚さとうらはらな金切声は、それは確かに鳥だ、鳥<バード>……
(大江健三郎 『不満足』)
どうだろう、この冒頭の部分だけでも、私はこのバードに惹かれたのだけれど、私が三島由紀夫の文章の美しさが解らないように、この感覚を共有できない人もいるのだろう。
バードと僕と菊比古とはこの後、三人で精神病院から逃げ出した患者を捜索するのだけれど、その過程はむせ返るような濃密さで描かれる。
バードは物語の終盤で、菊比古との対比によって、「大人」として描かれる。
朝だ、悪夢は近づいてこない……港の工場へと出勤する工員たちの自転車を鳥<バード>と友人のオート三輪が次つぎにおいこしてゆく。朝の光に、睡りたりなくて不機嫌で、洗いたての頬を冷たい朝の空気に赤くした工員たちが、キラキラ光りながら自転車で走っていった。かれらは一日の労働をまえにして健康で生きいきとし、そしてどっしりと重い屈託と生命感とをうちにひめていて、そして鳥<バード>たちに無責任な好奇心をしめすことはなく、無関心に自分に閉じこもり、自転車で工場へ走ってゆく。鳥<バード>は自分がもう昨日までの苛立たしい不満足から開放されていることで、その工員たちと同じ静かな大人のひとりであることを感じた。鳥<バード>はもう、菊比古たちの不満と恐怖の世界に戻ってゆくことはないだろう、かれはいま、工員たちとともにキラキラ光りながらオート三輪の補助席に前屈みにかけて、むっと黙りこんで走っていた。大人たちの朝だ。
私が数年前(といってもずいぶんと前のように感じるのだけれど)、ある種の切実さで大江作品を読めたのは、きっと、青春というものを「不満と恐怖の世界」としっかりと描いてくれていたからなのだろう。
そして、私が大江作品をそれ以上に読むようになったのは、「不満と恐怖の世界」のその後、成長した人間はどう生きていくべきか、というひとつの回答(それは決して唯一の正解ではない)を示してくれたからだろう。
大人たちの朝を迎えたはずのバードは、『個人的な体験』の冒頭では、こういう人物として描かれる。
鳥<バード>、かれは二十七歳と四箇月だ。かれが鳥<バード>という渾名でよばれるようになったのは十五歳のころだった。それ以来かれはずっと鳥<バード>だ、いま飾り窓のガラスの暗い墨色をした湖にぎこちない格好で水死体のように浮かんでいる現在のかれも、なお鳥に似ている。鳥<バード>は小柄で、痩せっぽちだ。かれの友人たちは大学を卒業して就職したとたんに肥りはじめ、それでもなお痩せていた連中さえ結婚すると肥ったけれども、鳥<バード>ひとりは、幾分腹がふくれてきただけで痩せたままであった。かれはいつも肩をそびやかして前屈みに歩く、立ちどまっている時もおなじ姿勢だった。それは運動家タイプの痩せた老人の感じだ。かれのそびやかした肩は閉じられた翼のようだし、容貌自体、鳥をしのばせる。すべすべして皺ひとつない渋色の鼻梁はクチバシのように張って力強く彎曲しているし、眼球はニカワ色のかたく鈍い光をたたえて、ほとんど感情をあらわすことがない。ただ、時どき、驚いたように激しく見ひらかれるだけだ。唇はいつもひきしめられて薄く硬く、頬から顎にかけては鋭くとがっている。そして、赤っぽく炎のように燃えたって空にむかっている髪。鳥<バード>は十五歳のとき、すでにこのままの顔をしていた、二十歳でもそうだった。かれはいつまで鳥のようであるのだろう?十五歳から六十歳にいたるまで、同じ顔、同じ姿勢で、生きるほかない、そのような種類の人間なのか?そうだとすれば、鳥<バード>はいま、飾り窓のガラスのなかにかれの全生涯をつうじてかれ自身を眺めているのだった。鳥<バード>は嘔きたくなるほど切実に具体的な嫌悪感におそわれて身震いした。かれはひとつの啓示をうけた気分だった、疲れはてて子沢山の老いぼれ鳥<バード>……
しかし、おれが現実にアフリカの土地を踏み、濃いサン・グラスをかけてアフリカの空を見あげる日はおとずれるだろうか?と鳥<バード>は不安な思いで考えた。むしろおれはいま、この瞬間にもアフリカへ出発する可能性を決定的にうしないつつあるのではないか?すなわち、おれは、いま、自分の青春の唯一で最後のめざましい緊張にみちた機会に、やむなく別れをつげつつあるのではないか?もしそうだったとしても、しかし、もうそれをまぬがれることはできない。
『不満足』のバードの容貌の描写をなぞるようにして描かれた『個人的な体験』のバードの容貌の描写。しかし、それらは文の構成や「鳥<バード>……」という部分まで同じでいながら、そこにはやはり7年の月日が流れている。
つまり、『不満足』は十代から20歳へと移り変わる瞬間を、そしてこれは、「青春の唯一で最後のめざましい緊張にみちた機会」を描いている。
27歳のバードが超えるべき試練は、逃げ出した精神病院の患者ではなく、「頭部に異常をそなえて生まれてきた」赤ん坊である。
『不満足』と『個人的な体験』はどこかなぞるようにして描かれていて、それでいて決して重なり合うことはない。いわば、螺旋状に上昇していくようだ。
そしてこの螺旋は、27歳で途切れることはなく、驚くべきことに、『さようなら、私の本よ!』まで脈々と続いているのだ!
それが私が大江作品を好きになった理由かもしれない。
つまり、玉川上水に飛び込むやり方ではなしに、青春の後、どう生きることができるか、というひとつの回答(そしてそれはやはり唯一の正解ではない)、を信頼できるやり方で示してくれたように思ったのだ。
それは即ち私にとってのヒントになるということはないだろう、しかし、「老人の愚行」を依然として語ってくれる人がいるということに、私は大きく励まされた。
少し話しがそれたけれど、このような螺旋状の作品展開−そしてその螺旋運動の原動力は想像力!−は大江作品の魅力のひとつであると思う。
だから、私が人と小説の話をして、大江作品が面白いと言って薦めるとき、初期から順に読んでいったほうがいい、というのはそのためだったりする。
『個人的な体験』も、『万延元年のフットボール』も読まないでいきなり『さようなら、私の本よ!』を読んでも、面白くないとは言わないけれど、なんだかもったいない気がする。
何の話をするのか見失ったところで、そんな風に思い入れがある鳥<バード>に出会えたのがとても嬉しかった、ということにしておこう。
ちなみに、初めて聴いたチャーリー・パーカーは、鳥<バード>の印象とはずいぶんと違って、軽やかな音だった。いや、ひょっとしたら鳥<バード>の軽やかなのかもしれない。
『個人的な体験』の終幕近くのつぎの箇所が私はとても好きだ。
「鳥<バード>、あなたはいろんなことを忍耐しなければならなくなるわ」と火見子が鳥<バード>を励ますようにいった。「さようなら、鳥<バード>!」
うなずいて鳥<バード>は酒場を出た。かれがひろったタクシーは雨に塗れた舗道をすさまじい速度で疾走した。もし、おれがいま赤んぼうを救いだすまえに事故死すれば、おれのこれまでの二十七年間の生活はすべて無意味になってしまう、と鳥<バード>は考えた。かつてあじわったことのない深甚な恐怖感が鳥<バード>をとらえた。
あとがきで知ったのだが、発表当時はここで物語を終わらせた方がよいという批判もあったのだそうだ。実際大江健三郎自身も、この一節が「充分な力と重みをもちうるように、先行するシーンがよく描きこまれてさえいえるならば、ここで小説を切ったにしても、充分に自分のめざしたところはつたわると思う。」と述べているが、続く部分についてはこうも述べている「それでもなおかつ、この小説を書いた僕が、二つのアステリスクにつづくシーンを必要としたことについては、それなりに若い書き手としての必然性があってのことだったと、それゆえにこそ批判を覚悟で抗争をつらぬいたのだったと、いまも僕はそのような自分を支持する」と。
実際、これを始めて読んだときは、「若い読み手」としての私にとっても、二つのアステリスクにつづくシーンはとても切実に必要ものだった。その直前の一節が本当に切実であっただけに。
その二つのアステリスクに続くシーンはこう締めくくられている。
「きみは変ってしまった」と教授が幾らかは愛惜の念もこもっている、あたたかい肉親の声でいった。「きみにはもう、鳥<バード>という子供っぽい渾名は似合わない」
鳥<バード>は、赤んぼうを囲んでなおも熱中して話しあいながらかれらに追いついてくる女たちを待ちうけ、妻の腕にまもられた息子の顔を覗きこんだ。鳥<バード>は赤んぼうの瞳に、自分の顔をうつしてみようと思ったのだった。赤んぼうの眼の鏡は、澄みわたったにび色をして鳥<バード>をうつしだしたが、それはあまりにも微細で、鳥<バード>は自分の新しい顔を確かめることができなかった。家にかえりついたならまず鏡をみよう、と鳥<バード>は考えた。それから鳥<バード>は、本国送還になったデルチェフさんが、扉に《希望》という言葉を書いて贈ってくれたバルカン半島の小さな国の辞書で、最初に《忍耐》という言葉をひいてみるつもりだった。
今の私にとっても、まだこの部分は必要なように思う。
最近音楽の話が多い気がするけれど、また音楽の話でも。
ブラッド・メルドーの話。
ブラッド・メルドーを好き、というと、ジャズが好きなんだ、と思われるけれど、実はジャズに関しては全然詳しくなくって、齧ったというよりは舐めた程度でしかない。
それでもブラッド・メルドーを初めて聴いたときの衝撃は忘れられないし、今でも何度聴いても衝撃を受けるくらいにすばらしい。
ジャズってかっこいいんだ、と、今までろくに聴いてもいなかったくせにどこかスノッブな印象を持っていたジャズへの印象ががらりと変わった。
初めて聴いたアルバムは"Largo"で、その中でradioheadの"Paranoid Android"をカバーしているのに一番衝撃を受けた。
"Paranoid Android"はradioheadの中でも大好きな曲なのだけれど、まったく違った印象ながらもやっぱり原曲のよさもでていたりする。何より、この軽やかさ!
(そういえば、以前mixiで「外国のロックが筋肉にタンクトップという印象でどうも苦手」という趣旨のことを言っている人がいて、ああ、radioheadを聴いてみてほしいなあ、と思ったけれど、私はradioheadに関してもやっぱりそこまで詳しくはないので、薦めるのに気が引けたりもした。)
その"Paranoid Android"に衝撃を受けて、ほかの曲も聴いてみると、これがなんともまあ、かっこいい。
軽やかだし、時に悲しげだし、何より、かっこいい。
この衝撃の体験はもう何年も前の話なのだけれど、どうして今頃そんな話をするかといえば、
http://home.att.ne.jp/sea/alfa/jazz/jazz29.htm
こういう素晴らしい記事を見つけたから。
ああ、これはジャズ初心者の私だけじゃなくて、ジャズが好きな人からしても衝撃だったのだなあ、と思いうれしかった。
参考 http://www.bradmehldau.com/media/index.html
同じくradioheadのカバーの"Exit Music (for a film)"(この曲も最高だなあ!)の動画は見られるみたいだけれど、"Paranoid Android"のカバーは聴けないみたいだ。
"Unrequited"(この曲はオリジナルで、最高!)も聴ける。
"Unrequited"はメセニー・メルドー(パット・メセニーと組んでる)でもやってたけれど、実はメルドーだけのバージョンの方が好きだ。
何が言いたいんだ、といって何も言いたいことなんてないんだけれど、
ブラッド・メルドーはいいなあ、って、珈琲を飲みながら聴いてて思ったから、書いたんだ。
