2ヶ月で体重が10kg以上減った。
自宅に体重計がないので、どこからどこまで減ったかとか、体脂肪率とかは解らないのだけれど、最近計ったところによると、少なくとも10kgは減ったようだ。
私は今までの人生のうちに、食餌制限による減量というものをただの一度もしたことがなくて、今回初だったのだけれど、拍子抜けするほど簡単に減るもので、驚いた。もともとの母数が大きいから、減った数も大きいということもあるのだろうけれど。
そこで、少し思うところがあったので、書き留めておこう。
そもそも、なぜ減量しようかと思ったかというと、精神的な理由が大きい。それはつまり、なぜ体重が増えたかということにつながる。
私の体重が増えたのは、端的にストレスがたまると、とにかく食べる量が増えるためだろう。そして、さらに悪いことに、私は自分で料理をするということがストレス解消にもなっている。そのために、ストレスがたまると、自分で料理を作り、そのストレスが強いほど、手の込んだ料理をしたりする。そして、出来上がった大量のそれを自分独りで食べる。
檀一雄が何かで書いていた場面でとても印象に残っている1シーンがある。それは、主人公が、キッチンつきの安宿に長期滞在していて、鬱々としている時期に、大量の材料を買い込んで、料理を作る(確かビーフシチューだったか)という場面だ。しかし彼は、作って少し食べるか食べないかでそのまま放置してしまい、食材も片付けないまま、鬱々とし続ける。やがて腐っていく料理と、蟲が這い出し始める食材の山。
このシーンが、エッセイだったか私小説だったか忘れたのだけれど、とにかく作者の檀一雄を強く連想させるものであることは確かだったと思う。実際、檀一雄はとても料理が上手で、小さい頃から自分の食べるものは自分で作る習慣というものがあったらしい。
本来、生命力の現れであるはずの、料理を作るという行為が、逆説的に陰鬱な表現となっているこの場面は、とても印象的だ。檀一雄自身が、太宰治と自分との違いは、肉体の頑強さにあるといっていたことを思い出す。そしてその頑強さは、頑強であることの皮肉さというものを書いていたように思う。
ともあれ、私自身檀一雄のように、大掛かりな料理はしないし、このような切実さで煮込み料理は作らないけれど、ストレス解消のために作っていたことは確かだ。そして、檀一雄とちがって、それを無理して自分で食べるということが多かった。
まあ、そんなことをしていれば、体調を崩すことは明らかで、元来強くない胃は荒れ、口角炎が絶えない時期もあった。
今思うと、あれだけ無茶な食生活をしていて、体重があの程度で収まっていたこと自体ちょっとおかしい。基礎代謝が多少高かったということと、消化がうまくいっていなかったということから、ある限度にとどまっていたのだろう。
そんなこんなで、体調を崩したこともあって、精神的にも良くないのだから、少し食事のあり方を変えようと思い立ったのである。厳密に言えば、食餌方法の異常は結果であって原因ではないのだけれど、これがさらに原因になるスパイラルだけは避けられるということだけれど。それが10月末くらい。
もともと料理自体は自分でしているのだから、作る量と食べる量、そして材料と調理法を変えればよかった。
具体的には、野菜メインにすること、そして、なるべく少なめの量を作ること。
レシピはマクロビ系のレシピサイトなどを参考にした。外食を除いては、ほぼ野菜ばかり食べていた。
調理法では、油を少なめにするように、煮物にするとかだろうか。
幸い、私は好き嫌いがなく、野菜も好きなので、特に苦ではなかった。
さらに、季節柄、南瓜や蓮根、白菜も美味しい時期で、これらの野菜ばかり食べていたように思う。
食事の方法としては、なるべく3食きちんと食べるということ。そして、間食をしないということ、胃で未消化のまま眠らないということ、くらいだろうか。
水もたくさん飲むようになったけれど、それはもともと多く飲んでいたから、あまり変化はなかったかもしれない。
そんなことをしていたら、体重は簡単に落ちた。
以上が体重を減らすまでの経緯だ。
そして、この過程で興味深かったのは、自分にとって、食生活で欠かせないものと、特に無くても大丈夫なものとの区別がついたということだ。
まず、欠かせないものは、珈琲とチョコレート。
珈琲は絶対に欠かせなかった。間食が減った分だけ、珈琲を飲む量が増えた。珈琲を飲むと、空腹感が収まるように思う。今後の人生においても、珈琲は不可欠だろう。
そしてチョコレート。珈琲にチョコレートは最高のマリアージュだと思う。とはいっても、できるだけ間食をしないようにしていたので、チョコレートを食べるのもかなり減った。
以前はチョコレートは部屋に欠かさずストックがあったのだけれど、それをやめた。ストックをしたとしても、ダークチョコレート、カカオが70パーセントくらいのものに代えた。そして、それを珈琲とともに一欠けら食べるようにした。
ダークチョコレートも90パーセントカカオとかだと、苦すぎるけれど、70パーセントくらいのものは、案外美味しい。珈琲にもよく合う。
それでも、やはり甘いチョコレートも恋しくなる。そんなときには、高級チョコレートといわれる部類のチョコレートを少しだけデパ地下などで購入し、食べていた。
デメルもヴィタメールも美味しいし、オリオール・バラゲが大好きだ。
これがまあ、美味い。たまに食べるから余計に美味いということもあるのだろうけれど。
チョコレートの美味さは実際、官能的ですらあると思う。
もしチョコレートがダイヤモンド並に希少であったら、それを巡って殺し合いが起こるだろうと言った作家が誰だったか忘れたけれど、実際その通りだと思う。
脳も溶ける。
私の場合はチョコレートに顕著だったのだけれど、『刑務所の中』であれほど甘いものが渇望されていたのが、少し解った気がする。
実際、間食をやめて、甘いものを一切食べていないと、むしょうに甘いものが食べたくなる。『刑務所の中』でアルフォーとコーラがあれだけ美味しいものとして描かれていたのがとてもよくわかった。
酒は飲まなくても我慢はできるけれど、甘いものは切実に駄目なのだろうな。
まあ、そんな具合。
次に、以外に大丈夫だったものは、酒だろうか。2ヶ月間まったく酒を飲まなかった。2ヶ月全くチョコレートを食べないということはおそらく耐えられないけれど、酒は大丈夫だったというのが、自分としては意外だった。
まあ、最近はすでに飲んでいるし、その際にやはり酒は美味いと感じたので、これからも飲むだろうけれど。
以前のように痛飲することはもうやめようかと思っている。
美味しく感じられる限度にしようか。といっても、ワインだと2本ぐらい美味しく飲めるのだけれど…。
あとは、スナック菓子だろうか。確かに時折ポテトチップスが食べたくなったりはするけれど、それほど強い欲求でもなかった。
以上が食べなくても大丈夫だったものと、大丈夫でなかった不可欠なものだ。
随分と長くなった。
あと、体型の変化と美醜の問題について書こうと思ったのだけれど、これはまた次に書こうか。
