「私」で始まる文章を、書くことも読むこともなくなって、随分と経つ。
構成を考えることなしに文章を書き始めるということも、もう随分とない。
だから、「私」は、今現在、ここに何を書けばいいのか、どう書けばいいのか解らなくなっている。どう書けばいいのか、という点については何とかなるとしても、何を書けばいいのか、という点については、その多くが、個人的過ぎるか、個人的ではなさ過ぎるために、書くには適さないことばかりだ。
だから、今から、Hauschkaの話をしようと思う。
「私」がHauschkaを知ったのは、友人Nにquasimode(これはこれで説明を要するかもしれないけれど、それはまた別の話だ。)についてメールをした際に、「ハウシュカええで」と教わったのがきっかけだ。
それはつい先々週くらいの話で、まだアルバムを一枚聴いたきりだけれど、これが感動に値する体験だった。
Hausckaとは…と簡潔に語ろうとしたら、wikipediaを引用するのがセオリーかもしれないけれど、あいにく日本版のwikipediaにはHauschkaの記事はないようだ。そこで、はてなキーワードをみていただこう。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Hauschka
ということだ。
プリペアード・ピアノという、ピアノの弦に金属などの素材をはさむことによって、音色を変化させる楽器(ピアノとは異なる楽器として扱われるらしい)を用いた音楽を演奏する。
どういうものかは、映像で見た方が早いだろう。
このプリペアード・ピアノを使ったHauschkaの音色が素晴らしい。アナログな楽器でありながら、エレクトロニカっぽい音色になっているし、なんといっても、この叙情性だろう。
どの曲も、まるで映画のような叙情性に溢れていながら、陳腐にはなっていないし、一曲一曲は短いのに、とても深みが感じられる。
ああ、素晴らしい。ずっと聴いていたい。
友人Nとは、その後会って、Hausckaの良さについて語り合ったのだけれど、Nも私も、「夜中に部屋を真っ暗にして、独りで酒飲みながら聴きたい」みたいな音楽が大好きなので、その嗜好性ゆえにHauschkaが好きなのかもしれないという点はあるのかもしれない。
もっとも、Hauschkaには、健康的な爽やかな風も感じられるとは思うのだけれど。
Hauschkaの曲は
オフィシャルHPでもmp3形式で何曲も聴くことができる。
http://www.hauschka-net.de/sound.htm
さて、Hauschkaの話は以上だ。
「私」が何が言いたいか、というと、現在私は、独りで珈琲を飲みながらHauschkaを聴いているということ。そしてそれがとても素晴らしい音楽であるということ。
こういう音楽を知ることができる機会はとても貴重で、感謝するとともにとても不思議な気がするということ。
また、Hauschkaが先月末に来日していたことを知って、「私」は地団駄を踏んで悔しがったということ。
「私」は今のところこういう風に日々を生きているということ。
そんなこと。
