あれはいつのことだったか。
そういえば、桜桃忌が近い、と、喫茶店の中から通りをゆく人々を眺めながら、思ったことからすると、最近といってさしつかえないのかもしれない。
そのとき私が喫茶店で飲んでいたのはアイスコーヒーで、それを飲んだ理由は、嗜好というよりはむしろ実際上の必要からだった。つまり、眠くてしょうがなかったのだ。
以前、といってももうずいぶん前のことのように思うのだけれど、一時期非常に眠りが浅くなって、長く眠れなくなったことがあった。その理由はおそらく、ストレスと呼ばれるものなのだろうけれど、その時眠くてしょうがなくなったのも、同じくストレスというものが原因なのだろう。
同じストレスであっても、その表われ方が、眠れなくなるのと、いくらでも眠ってしまうという、正反対なのはなぜだろう、と私はアイスコーヒーを飲みながら考えていた。
それはおそらく、―少し奇妙な言い方にはなるが―、現実が夢と現実のどちらにあるか、ということによるのだろう。つまり、以前眠れなかったときは、現実は夢の側にあって、起きていることが現実逃避だった。しかし、今は現実が現実の側にあって、眠ることが現実逃避ということだ。
なんだか『フォスフォレッスセンス』みたいだ、と思って、冒頭の桜桃忌が近い、という考えに至ったのだ。
もう随分と前から、10代の頃のような切実さをもって、太宰治を読むことはないだろう、と思っていたのだけれど、もうじき27歳になろうとする頃になっても、10代とはまた違った切実さを、ときに感じることがある。
それは、太宰治の小説に書かれたものそのものに切実さを感じていたのが10代だったとすれば、今はその小説を書いている太宰治の心情を推察して感じる切実さが、今のように思う。
奇しくも、太宰治が『晩年』を発表したのが27歳、そんなことを考えている間に、喫茶店のアイスコーヒーの氷はどんどんと溶けていく。
《元気だ、ギリシアの難破船の船長の話を聞いたんだが、かれは航海日誌の最後にこう走り書きして死んでいた。イマ自分ハ自分ヲマッタク信用シテイル、コウイウ気分デ嵐ト戦ウノハ愉快ダ。そこできみはオーデンのこういう詩をおぼえているかい? いまおれはそのことを考えている。
危険の感覚は失せてはならない
道はたしかに短い、また険しい
ここから見るとだらだら坂みたいだが。
それじゃ、さよなら、ともかく全力疾走、そしてジャンプだ。錘のような恐怖心からのがれて!》
(大江健三郎 『日常生活の冒険』)
27歳の私の眠気を覚ますのに必要なのは、太宰治でも、氷が解けて薄くなったアイスコーヒーでもなく、きっと、オーデンなのだろうな。
The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like, but you will have to leap.
27歳になって幾分恐怖心の錘は重くはなったけれど、オーデンを胸に刻んで、跳ばなければならない。
そう思って私は、喫茶店を出た。
桜桃忌前の6月の湿気が肌にまとわり付くようで、まるで海の上を歩いているようだった。
