ついに会った、鳥-bird-に。
最近ジャズを余り聴いていないな、と思い、前から気になっていたジャズベースを聴くことにした。
手当たり次第に有名な人を聴いてみようと思い、ジャコ・パストリアス、ポール・チェンバース、ロン・カーター、チャールス・ミンガス、とまさに手当たり次第に借りた。
それらを聴いていると、お、これいいな、と思う曲があって、それがポール・チェンバースが演奏している"Chasin' The Bird"という曲だったのだ。
"Chasin' The Bird"というのか、と思い、CDを見たら、納得した。そうか、オリジナルはチャーリー・パーカーなのか、と。
こんなことも知らないから、ジャズのことを書くのは気が引ける。
ジャズを殆ど全く知らない私でも、チャーリー・パーカーの名前は知っていて、そのニックネームがbirdということも知っていた。
大江健三郎の小説によって。
大江健三郎の小説でバードというニックネームの主人公といえば『個人的な体験』が有名で、他には短篇の『不満足』にも出てきている。
このバードという人物が同じニックネームを持つジャズミュージシャンから来ていることは知っていたし、チャーリー・パーカーの名前も一応は知っていた。
今まで聴いたことはなかったけれど、なんだか、やっとバードに出会えた気がして、とても嬉しかった。
まさに、"Chasin' The Bird"だ。
ずいぶんと回り道ではあるけれど、急ぐ道でもない。
このバードという人物は実に印象的で、私が特に『個人的な体験』が好きということもあるのだけれど、バードがまだ20歳のころの話の『不満足』も非常に印象深い作品だ。そして面白いのが、『不満足』はまさに初期大江作品の特徴が色濃いのに比べて、『個人的な体験』は、まさにそんな初期初期大江作品から決別するきっかけともいえる作品で、それらに同じバードという登場人物を通して描かれているという点だ。
『不満足』の冒頭で、バードは次のような人物として描かれる。
(<>内は原文ではふりがな)
鳥<バード>には、容貌、骨格、肉づき、姿勢、態度すべてに、あの神経過敏な羽根だらけの運動体を思い出させるところがあるからだ。鳥<バード>のすべすべして皺ひとつない鼻梁は鳥のクチバシのように張って力強く湾曲しているし、眼球はニカワ色のかたく鈍い光をもって用心深く、あんずの実の形でつりあがった眼のなかで動いている。脣はいつもひきしめられているように薄く硬く、頬から顎にかけては鋭くとがっている。髪は赤っぽく炎のように燃えたって空に向かっている。鳥<バード>が肩をはって前屈みに歩いているところは、痩せた運動家タイプの老人のようで、そして結局、鳥に似ている。そしてかれの性格の若いながらの重厚さとうらはらな金切声は、それは確かに鳥だ、鳥<バード>……
(大江健三郎 『不満足』)
どうだろう、この冒頭の部分だけでも、私はこのバードに惹かれたのだけれど、私が三島由紀夫の文章の美しさが解らないように、この感覚を共有できない人もいるのだろう。
バードと僕と菊比古とはこの後、三人で精神病院から逃げ出した患者を捜索するのだけれど、その過程はむせ返るような濃密さで描かれる。
バードは物語の終盤で、菊比古との対比によって、「大人」として描かれる。
朝だ、悪夢は近づいてこない……港の工場へと出勤する工員たちの自転車を鳥<バード>と友人のオート三輪が次つぎにおいこしてゆく。朝の光に、睡りたりなくて不機嫌で、洗いたての頬を冷たい朝の空気に赤くした工員たちが、キラキラ光りながら自転車で走っていった。かれらは一日の労働をまえにして健康で生きいきとし、そしてどっしりと重い屈託と生命感とをうちにひめていて、そして鳥<バード>たちに無責任な好奇心をしめすことはなく、無関心に自分に閉じこもり、自転車で工場へ走ってゆく。鳥<バード>は自分がもう昨日までの苛立たしい不満足から開放されていることで、その工員たちと同じ静かな大人のひとりであることを感じた。鳥<バード>はもう、菊比古たちの不満と恐怖の世界に戻ってゆくことはないだろう、かれはいま、工員たちとともにキラキラ光りながらオート三輪の補助席に前屈みにかけて、むっと黙りこんで走っていた。大人たちの朝だ。
私が数年前(といってもずいぶんと前のように感じるのだけれど)、ある種の切実さで大江作品を読めたのは、きっと、青春というものを「不満と恐怖の世界」としっかりと描いてくれていたからなのだろう。
そして、私が大江作品をそれ以上に読むようになったのは、「不満と恐怖の世界」のその後、成長した人間はどう生きていくべきか、というひとつの回答(それは決して唯一の正解ではない)を示してくれたからだろう。
大人たちの朝を迎えたはずのバードは、『個人的な体験』の冒頭では、こういう人物として描かれる。
鳥<バード>、かれは二十七歳と四箇月だ。かれが鳥<バード>という渾名でよばれるようになったのは十五歳のころだった。それ以来かれはずっと鳥<バード>だ、いま飾り窓のガラスの暗い墨色をした湖にぎこちない格好で水死体のように浮かんでいる現在のかれも、なお鳥に似ている。鳥<バード>は小柄で、痩せっぽちだ。かれの友人たちは大学を卒業して就職したとたんに肥りはじめ、それでもなお痩せていた連中さえ結婚すると肥ったけれども、鳥<バード>ひとりは、幾分腹がふくれてきただけで痩せたままであった。かれはいつも肩をそびやかして前屈みに歩く、立ちどまっている時もおなじ姿勢だった。それは運動家タイプの痩せた老人の感じだ。かれのそびやかした肩は閉じられた翼のようだし、容貌自体、鳥をしのばせる。すべすべして皺ひとつない渋色の鼻梁はクチバシのように張って力強く彎曲しているし、眼球はニカワ色のかたく鈍い光をたたえて、ほとんど感情をあらわすことがない。ただ、時どき、驚いたように激しく見ひらかれるだけだ。唇はいつもひきしめられて薄く硬く、頬から顎にかけては鋭くとがっている。そして、赤っぽく炎のように燃えたって空にむかっている髪。鳥<バード>は十五歳のとき、すでにこのままの顔をしていた、二十歳でもそうだった。かれはいつまで鳥のようであるのだろう?十五歳から六十歳にいたるまで、同じ顔、同じ姿勢で、生きるほかない、そのような種類の人間なのか?そうだとすれば、鳥<バード>はいま、飾り窓のガラスのなかにかれの全生涯をつうじてかれ自身を眺めているのだった。鳥<バード>は嘔きたくなるほど切実に具体的な嫌悪感におそわれて身震いした。かれはひとつの啓示をうけた気分だった、疲れはてて子沢山の老いぼれ鳥<バード>……
しかし、おれが現実にアフリカの土地を踏み、濃いサン・グラスをかけてアフリカの空を見あげる日はおとずれるだろうか?と鳥<バード>は不安な思いで考えた。むしろおれはいま、この瞬間にもアフリカへ出発する可能性を決定的にうしないつつあるのではないか?すなわち、おれは、いま、自分の青春の唯一で最後のめざましい緊張にみちた機会に、やむなく別れをつげつつあるのではないか?もしそうだったとしても、しかし、もうそれをまぬがれることはできない。
『不満足』のバードの容貌の描写をなぞるようにして描かれた『個人的な体験』のバードの容貌の描写。しかし、それらは文の構成や「鳥<バード>……」という部分まで同じでいながら、そこにはやはり7年の月日が流れている。
つまり、『不満足』は十代から20歳へと移り変わる瞬間を、そしてこれは、「青春の唯一で最後のめざましい緊張にみちた機会」を描いている。
27歳のバードが超えるべき試練は、逃げ出した精神病院の患者ではなく、「頭部に異常をそなえて生まれてきた」赤ん坊である。
『不満足』と『個人的な体験』はどこかなぞるようにして描かれていて、それでいて決して重なり合うことはない。いわば、螺旋状に上昇していくようだ。
そしてこの螺旋は、27歳で途切れることはなく、驚くべきことに、『さようなら、私の本よ!』まで脈々と続いているのだ!
それが私が大江作品を好きになった理由かもしれない。
つまり、玉川上水に飛び込むやり方ではなしに、青春の後、どう生きることができるか、というひとつの回答(そしてそれはやはり唯一の正解ではない)、を信頼できるやり方で示してくれたように思ったのだ。
それは即ち私にとってのヒントになるということはないだろう、しかし、「老人の愚行」を依然として語ってくれる人がいるということに、私は大きく励まされた。
少し話しがそれたけれど、このような螺旋状の作品展開−そしてその螺旋運動の原動力は想像力!−は大江作品の魅力のひとつであると思う。
だから、私が人と小説の話をして、大江作品が面白いと言って薦めるとき、初期から順に読んでいったほうがいい、というのはそのためだったりする。
『個人的な体験』も、『万延元年のフットボール』も読まないでいきなり『さようなら、私の本よ!』を読んでも、面白くないとは言わないけれど、なんだかもったいない気がする。
何の話をするのか見失ったところで、そんな風に思い入れがある鳥<バード>に出会えたのがとても嬉しかった、ということにしておこう。
ちなみに、初めて聴いたチャーリー・パーカーは、鳥<バード>の印象とはずいぶんと違って、軽やかな音だった。いや、ひょっとしたら鳥<バード>の軽やかなのかもしれない。
『個人的な体験』の終幕近くのつぎの箇所が私はとても好きだ。
「鳥<バード>、あなたはいろんなことを忍耐しなければならなくなるわ」と火見子が鳥<バード>を励ますようにいった。「さようなら、鳥<バード>!」
うなずいて鳥<バード>は酒場を出た。かれがひろったタクシーは雨に塗れた舗道をすさまじい速度で疾走した。もし、おれがいま赤んぼうを救いだすまえに事故死すれば、おれのこれまでの二十七年間の生活はすべて無意味になってしまう、と鳥<バード>は考えた。かつてあじわったことのない深甚な恐怖感が鳥<バード>をとらえた。
あとがきで知ったのだが、発表当時はここで物語を終わらせた方がよいという批判もあったのだそうだ。実際大江健三郎自身も、この一節が「充分な力と重みをもちうるように、先行するシーンがよく描きこまれてさえいえるならば、ここで小説を切ったにしても、充分に自分のめざしたところはつたわると思う。」と述べているが、続く部分についてはこうも述べている「それでもなおかつ、この小説を書いた僕が、二つのアステリスクにつづくシーンを必要としたことについては、それなりに若い書き手としての必然性があってのことだったと、それゆえにこそ批判を覚悟で抗争をつらぬいたのだったと、いまも僕はそのような自分を支持する」と。
実際、これを始めて読んだときは、「若い読み手」としての私にとっても、二つのアステリスクにつづくシーンはとても切実に必要ものだった。その直前の一節が本当に切実であっただけに。
その二つのアステリスクに続くシーンはこう締めくくられている。
「きみは変ってしまった」と教授が幾らかは愛惜の念もこもっている、あたたかい肉親の声でいった。「きみにはもう、鳥<バード>という子供っぽい渾名は似合わない」
鳥<バード>は、赤んぼうを囲んでなおも熱中して話しあいながらかれらに追いついてくる女たちを待ちうけ、妻の腕にまもられた息子の顔を覗きこんだ。鳥<バード>は赤んぼうの瞳に、自分の顔をうつしてみようと思ったのだった。赤んぼうの眼の鏡は、澄みわたったにび色をして鳥<バード>をうつしだしたが、それはあまりにも微細で、鳥<バード>は自分の新しい顔を確かめることができなかった。家にかえりついたならまず鏡をみよう、と鳥<バード>は考えた。それから鳥<バード>は、本国送還になったデルチェフさんが、扉に《希望》という言葉を書いて贈ってくれたバルカン半島の小さな国の辞書で、最初に《忍耐》という言葉をひいてみるつもりだった。
今の私にとっても、まだこの部分は必要なように思う。