明けたね。
明けたよ。
忌野清志郎が、KYってのは今年もよろしくのことだ!、って言ったらしいね。
いかす。
年末年始はいろいろあって、といっても、主にぼんやりとしていたのだけれど、連絡を取っていたのが殆ど家族のみだった。
主なメールの相手が姉で、その内容は『仁義なき戦い』シリーズで誰が好きだとか、帰省する日程との関係でいつ猫の世話をしにいくかとか、そういう話ばかりだった。
ちなみに、姉夫婦が帰省している間は、猫たちも寂しいらしく、非常に手厚いもてなしをうけた。早い話がもてた。
女性にもてるよりも、猫にもてた方がうれしいかもね、と二つのふわふわのうちでよりふわふわな方に言ったら、どっちでもいいから、撫でろよ、とでも言うように目を細めてに私を見上げた。
以上を持って年末年始の報告とさせていただいて―ちなみに姉は小林旭(おそらく『代理戦争』の)が好きで、私は渡瀬恒彦(同じく『代理戦争』の)だった―最近琴線に触れたことでも挙げてみよう。
まずは詩。
詩集を贈られた。ミヒャエル・エンデの『影の縫製機』を。
私はミヒャエル・エンデには特別な思い入れがあって、それはおそらく、記憶している限り、最初に自分で読んだ長い作品が『モモ』だったからだろう。
そんな事情を知らないであろう人から、たまたま頂いたので驚くとともに、とてもうれしかった。
人に本を贈るということはとても素敵なことだと思うけれど、とても難しいと思う。
その人の趣味を知ることは難しいし、趣味に沿いすぎていても面白みがない。
さらに詩集になると、とても難しい。
さらりとエンデの詩集を贈れるような、そういうセンスをとてもいいものだと思った。
本自体も勿論素晴らしい。
装丁も美しいし、ビネッテ・シュレーダーによる絵も素晴らしい。
エンデの詩については言わずもがな。
ある日の朝八時
綱渡りはなにもかけずに
虚空をあるきだす
まるでそこにロープがあるかのように!
奈落のはるか高みを
足どり軽く すいすいと
けれどもつかむところのない フェリックス
風にふかれてとんでった
風のふくまま 気のむくまま
どこへいったか綱渡り
望遠鏡のぞいた天文学者がいったとさ
アルゴー号の星座の中に かれがいた
夢なものか
ちゃんと見た
星から星へ
綱をわたるようにあるいていた
(ミヒャエル・エンデ『綱渡り』)
綱をどんどん細くしていって、ついには綱すら必要とせずに虚空を歩き出した綱渡り。
この軽やかな興奮が素晴らしい。また、風にふかれてとんでいる絵がまた素晴らしい。
素晴らしい詩的興奮を味わった。
詩といえば、ある人が薦めていたアンドレ・ブルトンの『狂気の愛』を牛歩どころか蝸牛の歩みで読み進めている。
ずるをして、最後の娘への箇所を読んだら大層感動して、これは最初から順に読み進めていこうと思っている次第。
この作品に興味をもったのは、その人がmixiで薦めていたから、というのも大きいのだけれど、この「狂気の愛」というフレーズに惹かれたという点も大きい。
去年ルイス・ブニュエルの映画について山田宏一が話していたのだけれど、映画雑誌のインタビューで愛に何を求めますか、と尋ねられたブニュエルは、あたりまえのようなことだけれど、愛、狂気の愛、と答えたのだそうだ。
リュミエールか何かが出典だそうで、フランス語が全くわからない私には原典をあたることができず、不確かな引用になってしまうのだけれど。
このように、このエピソードがとても印象に残っていたところに、アンドレ・ブルトンの『狂気の愛』を知ったので、非常に興味がわいたのだ。
勿論邦訳で読んでいるけれど、表現の美しさに感動する。
こういうものを原典で読めるということはとても幸福な体験なのだろうな。
とはなからあきらめていてはいけないのだろう。
わたしは愛が生活と争いもつれ合うことも否定しない。わたしはただ、愛が生活に打ち勝つべきだと思うし、そのためには、愛が、愛自体に関するひとつの詩的意識にまで昂められねばならないことを言っているのだ。つまり、愛が必然的に出逅う愛に敵対するいっさいのものが、愛に固有の栄光のまっただ中で溶解されるような、そういう愛自体の詩的意識にまで。
(アンドレ・ブルトン『狂気の愛』)
詩は詩、でも歌詞の話をすれば、今更ながらに、"EnglishMan In New York"をきちんと聴いた。
というのも、羊毛とおはなの"Live In Living’07" (まあ絶品のアルバム)の中でカバーされていたのを聴いたのだけれど。
もちろんこの曲のメロディぐらいは聴き覚えがあったけれど、タイトルすら知らなかったし、勿論歌詞の内容も知らなかった。
ところが聴いてみると、素晴らしいではないか。今更。
勿論、このカバーが素晴らしいということもあるけれど。
Modesty, propriety can lead to notoriety
You could end up as the only one
Gentleness, sobriety are rare in this society
At night a candle's brighter than the sun
Takes more than combat gear to make a man
Takes more than a license for a gun
Confront your enemies, avoid them when you can
A gentleman will walk but never run
If, "Manners maketh man" as someone said
Then he's the hero of the day
It takes a man to suffer ignorance and smile
Be yourself no matter what they say
I'm an alien I'm a legal alien
I'm an Englishman in New York
(STING "Englishman In New York")
legal alienという言葉がなんとも良い。
"At night a candle's brighter than the sun"というフレーズも好きだ。
Stingの原曲も聴いたけれど、羊毛とおはなのカバーがとてもよくて、こちらの方が好きかもしれない。
山崎まさよしもカバーしているとのことなので、少し聴いてみようかと思う。
この歌の内容は、やっぱり普遍的なもので、例えば東京にいる関西人とかにも通じるのかな、と思ったけれど、それは私の嫌いな過剰な関西アイデンティティの誇示のようで、少し違うかな、とかいろいろと東京へと向う新幹線の中で考えていた。
どうやら、実際に、この曲のカバー?で"関西人 in Tokyo"(種浦マサオ)という曲があるらしい。
過剰な関西人アイデンティティの誇示だったらいやだな、と思っていたら、まさにその点を逆手にとって、
関西人と一括りにされがちながらも、実は奈良出身で特に面白いことを話すのが得意なわけでもない、という心情を歌っていたので驚いた。
面白い人でくくらんといてや しゃべり 自信がないから
どんなに言うてもこの関西弁 貼られてる レッテル決まってる
Oh ほんま エイリアン
なんかちょっとちゃう エイリアン
俺 関西人 in Tokyo
Oh ほんま エイリアン
なんかちょっとちゃう エイリアン
俺 関西人 in Tokyo
コンパに呼ばれて つっこみ任されて 中途半端なボケかまされて
「面白い人ね」って、 「大阪の人は」って
だから違うんだ 俺は奈良生まれだ!
(種浦マサオ "関西人 in Tokyo")
やっぱりちょっと鼻に付くところもあるけれど、それはいわゆる関西弁のイメージから来ているもののようにも思えて、この歌自体は、けっこうまっとうなことを言っているような気がした。
だからといって、この曲が面白くて、カラオケなんかで歌うかといえば、そういう行いこそがこの曲で言うところのレッテルに他ならないように思う。
なんか、おもろいね。
あとは、言葉、ではないけれど、森美術館の"六本木クロッシング2007"を観てきた。
前回(2004年だったらしい)行ってとても面白かったので、今回も開催期間ぎりぎりに滑り込んだ。
前回も現代芸術の多様な姿を観られて、何より解りにくいことぬき!という具合に楽しめて非常に良かった。
今回も楽しい展示がとてもたくさんあって、興味深かった。
琴線に触れた作品がいくつもあったけれど、今日は少し長く書きすぎたので、省略しようと思う。
あ、そうだ。今年もよろしく。KY。