気病い、ではないけれど、少々気ぶっせいだったので、
「色つやのええ、ふっくらとした、やわらかな」ものと遊びに行こうと思った。
4.7キログラムと2.3キログラムの、ふっくら、というかふわふわとしたものは、4.7キログラムはボリュームのあるふわふわ具合で触ってみるとウレタンのような質感で、2.3キログラムは少しサラサラとしていた。
二人は私にお構いなしで、ほたえたおしており、疲れたのか暫くすると私に寄ってきて一声鳴いたので、撫でるとじきに仰向けで眠った。
如何にも猫、と言った気まぐれさで、しかも姉夫婦に大層甘やかされた二人ないし二匹(町田康が愛猫を人前で二人と云うか二匹というかのためらいを面白くエッセイに書いていたっけ)は、人に近づけば心行くまで撫でてもらえると当然のように思っているふしもあり、しかも、眠る時はなるだけ人にくっついて眠りたいらしく、テーブルに座っていると気がつくと足を枕にされていることがある。
そんな具合で、少しく気が晴れて帰宅したところ、たまたま新文芸坐のオールナイトに丁度よい時間であったので、急遽思い立って行くことにした。
しどけない格好に着替えて、自転車でふらふらと走っていく。
この気安さのために今の場所に引っ越したと言っても過言ではない。
目当てのオールナイトは、ジャック・タチ特集。
ジャック・タチというと、ああ、あの『ぼくの伯父さん』の。ガーリーな人に人気ありそうな。
と云うぐらいの印象だったのだけれど、全く観てもいないのにそう云う知識だけ増えていくのは避けるべきだと思い、気になっていたこともあり、時間が丁度良かったこともあり、観に行った。
『のんき大将〈カラー版〉』
冒頭に流れるメッセージによると、『のんき大将』にはモノクロとカラーの2バージョンあるらしい。
元々の公開はモノクロだったのだが、実は技術的実験として、カラーでも同時に撮影されていたらしい。
しかし、提供元がカラーから撤退、現像もされずにモノクロのみでの公開に至ったそうだ。
それを、現像して、再現したものがカラー版、ということだそうだ。
作品の内容は田舎町の郵便配達員のコメディ。
笑えて面白かった。コメディをそれほど観ているわけではないので詳しいことはよくわからないけれど、笑えたことは確か。
所々に現れる優しさが違和感がなくて素敵だった。
好きな場面が、祭の夜が明けた早朝、若い娘二人が夜通し遊んだ後のようで晴れ着のまま歩いて帰っているところ。
一人の家の前に着き、一人は家に入っていくが、その歩き方が少しおかしくて、足を引き摺っているように見える。その娘は家に入ってドアを閉めるが、少しだけドアを開けてもう一人が歩き去るのを見ている。映像はそれを娘の頭越しにドアの隙間から映すが、もう一人の歩き去る娘の後姿もやはり歩き方がおかしい。数歩歩いた後に、ヒールのある靴を脱いで、はだしで歩いて帰る。
というだけの些細なシーン。
夜通し祭で遊んだ気だるさ、二人の友人の間の機微の描き方が何だか良かった。
郵便配達員フランソワは自転車で郵便集配をしているのだけれど、パンクの治し方が現代と全く同じだった。
また、フランソワの速さを表現するのに、ロードに乗ったレーサーの集団より早いという描き方があった。
車とか汽車とかじゃなくて、同じ自転車で、レーサーより速いと表現していた。それだけレーサーの速さが身近なものなのだろう。
50年以上も構造が全く変わっていない自転車というものはちょっとすごいと思った。
素材面での飛躍は凄まじいけれど。
やらとアメリカ流がどうこう言っていたけれど、当時のフランス人はそれほどまでにアメリカにコンプレックスを持っていたのだろうか。
『ぼくの伯父さんの休暇』
面白かった。音響が愉快。
悪気はないけれど、どこかずれているムッシュ・ユロ(ジャック・タチ本人)に翻弄される周りの人々、ということで、どこかミスタービーンに似ていると思ったけれど、ローワン・ワトキンソンはジャック・タチに影響を受けているそうだ。ミスタービーンほどのくどさはないけれど。
好きな場面は仮面舞踏会。
政治的ニュースを食い入るように聞いている宿の人たちを尻目に、大きな音でヒロイン(と言っていいだろうか)の女性と踊る場面は何だか素敵で良い。
また、ラストでは結局ヒロインとすれ違って帰るけれど、思わぬ人物からの支持の表明があったりして、素敵だった。
笑わせてくれるテンポもよかったし。
今回のオールナイトでは一番好きだった。
『郵便配達の学校』
短篇。
『のんき大将』で見られるギャグが多かった。
それでも教会の鐘のシーンは面白い。
『左側に気をつけろ』
短篇。
これからボクシングをする二人がお互い見得を切るのだけれど、その方法が一方が胸に力を入れると上着のジッパーが筋肉の隆起で下がっていくというもので、もう一方はそれに対して同じく胸の筋肉の隆起でボタンをはじけ飛ばしていた。
最後はお母さんが一番強いという落ちといい、少しラピュタを思い出した。
『ぼくの伯父さんの授業』
ジャック・タチの演技講座。
生徒の失敗模様を見ていると、パントマイムというか、動きを細部まで意識しているのだなと感心。
そういえば、『フォー・ルームス』のティム・ロスは変な動きだったけれど、ひょっとしてジャック・タチ作品を意識しての演出だったのだろうか。
『ぼくの伯父さん』
作品名しか知らなかったし、ほのぼのコメディみたいな印象を抱いていたのだけれど、少し違った。
ジェラールの父の世界と、ユロ伯父さんの周りの世界とのコントラストが不思議で、徹底的にかみ合わない。
笑いどころも『ぼくの伯父さんの休暇』とか『のんき大将』の方が多かったことから見ても、典型的なコメディというよりは、色々と主張が感じられた。
ジェラールが近所の悪ガキと打ち解ける場面、そして、ジェラールがユロ伯父さん、そしてラストでは父と手を繋ぐシーンが好きだ。
『プレイタイム〈新世紀修復版〉』
最後の上映だったので、少し眠ってしまった。
気がつくと、全く台詞が無しで、通り沿いで壁がすべてガラス張りのアパートの場面だった。
そして、その後、開店したナイトクラブでのどたばた。
どうやら眠らなくてもプロットらしいものはなかったらしい。
ナイトクラブのどたばたが、本当に「ああ、鬱陶しい」と思わせるほどで、
ひょっとしたらこれは『山猫』の舞踏会の暑苦しさみたいなもので、不快さを追体験させるためにこれだけ執拗にグダグダな様子を描いているのかもしれないと思った。
少し退屈だったのはオールナイトの眠気のせいだろうか。
オールナイトが終わって外に出ると、秋とは言えもう日は昇っていて、『プレイタイム』の朝の風景が被って見えた。
オールナイト終わりの早朝の非現実さはいつまでたっても慣れないし、だからこそ好きだ。