2007年6月アーカイブ

新文芸坐の勝新太郎特集には『悪名』を観に行こうと決めていたのに、気がついたら終わっていた。
悔やみつつも、もう一つ観に行こうと決めていた『燃えつきた地図』には間に合った。

『燃えつきた地図』
安部公房の同名小説を原作とした映画で、同じく安部公房の『砂の女』などの映画化も手がけている勅使河原宏が監督。『砂の女』や『他人の顔』などの映画化作品はいつか観たいのだが、こればかりはスクリーンで上映されるのを執念深く待ち望もうと思うのである。
安部公房の遺族からの上映許可がおりにくいらしく、なかなか上映されない、という噂を聞いたのだが、本当なのだろうか。
とにもかくにも、これで『燃えつきた地図』は観られた。

極彩色の縞柄がうねった模様が画面にアップにして映し出され、インダストリアルノイズのような音楽が流れる。やがてその極彩色の縞柄が、彩られた等高線であることに気が付き、ノイズも徐々に音楽のような形を取り始める。そして画面に現れる"A Man Without A Map"の文字。かっこよすぎる。
音楽は武満徹だったらしい。
今までオープニングタイトルが痺れるくらいかっこいいというのは、岡本喜八の諸作品だったのだけれど、この作品はかっこよかった。
すごい。
そして、本編が始まってまず驚いたのが、冒頭の団地の場面で強烈な既視感を覚えたことだ。この団地は観たことがある、というより、この場面そのものを観たことがある!と感じたのだが、その観たのはいつだったか思い出すとそれは驚くことに、原作を読んだときだったのだ。

 クラッチを踏んで、ギヤを低速に入れかえる。二十馬力の軽自動車には、この勾配は、いささか負担が大きすぎた。
 道の表面は、アスファルトではなく、目の粗いコンクリートで固められ、スリップ防止の目的だろう、十センチほどの間隔で細いみぞが刻んである。しかし、歩行者のためには、さほど役に立ってくれそうにない。せっかくざらつかせたコンクリートの面も、ほこりや、タイヤの削り屑などで、すっかり目をつぶされてしまい、雨の日にゴム底の古靴だったりしたら、さぞかし歩きにくいことだろう。これは多分、自動車のためを考慮しての舗装なのだ。十センチごとの目地の刻みも、車のためになら、あんがい役にたつのかもしれない。融けかかった、雪やみぞれが、道路の水はけを悪くしているようなとき、水分を側溝に誘導してやるのになら、なんとか効果も期待できそうである。

《許可なく団地内に車の乗り入れを禁ず》
 つくりの頑丈さといい、わざわざ職人を雇って書かせたらしい自体といい、牙をむき出さんばかりのその意思表示を、ぼくは無視して、一気に坂の残りを駆けのぼる。
 するとたちまち、風景が一変した。白く濁った空に、そのままつづいているような、白い直線の道。幅は目測で約十メートル。その両脇の歩道との間に、ちょうど膝くらいの高さの柵でかこまれた、古芝の帯がつづいていて、その枯れ方が一様でないせいだろう、妙に遠近法が誇張され、じっさいには各界六戸、四階建ての棟が、左右にそれぞれ六棟ずつ並んでいるだけなのに、まるで模型にした無限大を見ているような錯覚におそわれる。建物の、道に面した部分だけが白く塗られ、わきをくすんだ緑で殺した、その色分けが、さらに風景の幾何学的な特徴をきわだたせているのかもしれない。その色分けが、さらに風景の幾何学的な特徴をきわだたせているのかもしれない。この通りを軸に、団地は大きく両翼をひろげ、奥行きよりもむしろ幅の方が広いらしいのだが、採光のためだろう、たがい違いにずらして建ててあるので、左右の見透しは、ただ乳色の天蓋を支える、白い壁面があるだけだ。

こうして原作『燃えつきた地図』の冒頭から団地の描写を抜き出してみると、フェティッシュなまでに緻密な描写に驚く。しかし、私が覚えた既視感はこの緻密な描写からではないような気がした。
何かが足りないと思って、『燃えつきた地図』の原型となった『カーブの向う』を見て、その理由について納得した。

 左手には、わずかな勾配で切石を積み上げた、高い擁壁があった。右手は、小さな側溝一つへだてて、ほとんど垂直にちかい崖になっていた。正面も、同じような擁壁でさえぎられてはいたが、道はそこから左に大きくカーブして、間もなく丘の上の団地に行きつくはずである。あと五、六歩もすすめば、すぐに視界がひらけ、その台地の町が見えるにちがいない。それはもう、疑う余地のないことだった。この光景は、とくに意識でもしないかぎり、その存在さえ忘れて通り過ぎてしまうほど、通いなれた道であり……もう何百回も繰返して、すっかりなじみになったはずの道であり……いまも、その道を、いつものとおりに通り抜け、ただ自分の家に帰ろうとしているところなのだから。
 しかしぼくは、思いがけなく立ちどまる。空気のバネに押しもどされたように、立ちどまる。ふだんは気にもとめなかった、この坂道の光景の、奇妙に鮮明な印象に、つい尻込みしたいような気持で、立ちどまる。立ちどまった理由は、ぼくなりに、むろん分ってはいたが、しかし信じがたいことだった。なにしろぼくは、このすぐ先の、カーブの向うにあるはずの風景を―いま目にしている、この坂の途中と、同じくらいよく見知っているはずの風景を―なぜかどうしても思い出すことが出来なかったのである。

この生々しい生理的と言っても良いような感覚が、先ほどのどこか無機質で、緻密な描写と相まって強烈な印象を残していたのだと思う。なにしろこの作品を読んだのは随分前のことなので、団地の細部まで覚えているはずはない。しかも、私の既視感の源であったのは、『カーブの向う』のはずであり、そこではカーブの向こうは描かれないのだから、一層この映像としてのカーブとカーブの向うを観たときに感じた既視感はとても不思議だ。
カーブの向うが思い出せない。もし観に行ったとして、全く見知らぬ光景が広がっていたら、と感じる不安。それらが妙に生々しく覚えてられていて、そして、その不安への滑走路であるカーブの描写も、細部までは覚えていなくても、どこか記憶に焼きついていたのだろう。
不思議な体験だった。

映画自体は、まあ、よくこういう映画を作ったという具合で、頭がクラクラしてくる映画だった。原作に忠実に作っているところもあるけれど、オリジナルも加えているようだ。ようだ、というのは、原作を可也忘れてしまっているからで、これは早急に読み直さなくてはならない。
ただ、これだけは言えるのは、失踪者の妻が市原悦子というのはきつすぎる。
レモン色のカーテンの部屋で、下着姿の市原悦子、かなりきつい。勝新太郎の傷口を舐める市原悦子の姿は、官能というには余りに濃すぎる、何かドロドロとした感情以前の何かの塊を見せ付けられたようで、胸焼けどころか内臓がひっくりかえるかと思うほどぐるぐると目が回りそうだった。
これは単なるミスキャストではなくて、監督の意向だったのだろうか…。

 誰も付添い人のいない、赤い乳母車の中で、頭からシーツをかぶった赤ん坊が、金切声をあげて泣いている。銀色に光る変速機つきの軽合金自転車に乗った少年が、わざとらしい高笑いを投げつけながら、寒さに頬を染めてその傍を駆けぬける。見れば、けっこう人通りもあるのだが、あまりにも焦点のはるかなこの風景の中では、人間の方がかえって、架空の映像のようだ。もっとも、住み馴れてしまえば、立場は逆転してしまうのだろう。風景は、ますますはるかに、ほとんど存在しないほど透明になり、ネガから焼きつけられた画像のように、自分の姿だけが浮かび上る。自分で自分の見分けがつけば、それで沢山なのだ。そっくり同じ人生の整理棚が、何百世帯並んでいようと、いずれ自分の家族たちの肖像画をとりまく、ガラスの額縁にすぎないのだから……

 都会―閉ざされた無限。けっして迷うことのない迷路。すべての区画に、そっくり同じ番地がふられた、君だけの地図。
 だから君は、道を見失っても、迷うことは出来ないのだ。

時には昔の話を、と切り出したところで、私はまだ今日でちょうど四半世紀ばかり生きたに過ぎない。最近同じ酒場で呑んでた女性が、たまたま私と一日違いの誕生日だった。正確に言えば、三年と一日違いの誕生日。運命かもね、と苦い匂いがする煙草をふかしながら女は言って、はは、182と2分の1の運命だ、と哂う私だった。今まで同じ誕生日の人と会ったことがある?そんなふうに、女は言ったけれど、私も女も、なかった。私は女と同じ誕生日の人を知っていたし、女も私と同じ誕生日の人は知っていたのだけれど、私が知っている女と同じ誕生日の人は、もう数年前から歳をとっていないので、言うのはよしたし、女が知っている私と同じ誕生日の人にも興味はなかった。詰らない話だ。そういえばその女が吸っていた煙草はひどく苦い匂いのするもので、煙草を吸わない私には銘柄までは解らないのだけれど、良く似た匂いのする煙草を吸う人が居て、同じように飲みながら誕生日近くに呑んだ事を思い出した。数年前と云うと最近のようだけれど、主観的には随分と昔のことのように思う。その頃私は、この先に何度も誕生日が訪れること自体が信じられなかったし、想像も出来なかった。25歳の私なんて悪い冗談でしかなかった。私と呑んでいたその人は、苦い煙草の煙を吐きながら、誕生日だってね、生まれて来れてよかったね。と言った。私はその言葉の意味が解らなかったし、私は河童じゃないんだから、くらいしか言えなかった。苦い煙草の煙が、そんな昔の話を思い出させてくれた。ギムレットでぐるんぐるんと回る頭に。悪い冗談でしかなかった年齢になって私は、どうだろう、あの人の言った言葉を理解できるだろうか。理解できなくても、悪くないね、くらいは言えるように思う。そんな、私のヴァンサンカン。

この日記連載は日々書いているものではなく、思い出し日記である。歳を重ねるにつれ、どんどん記憶は薄らいで、その時々にしたことやいた場所の実感が鮮明でなくなってきた。自分が自分であるという確証もソーヤングな時に比べるとない。このままいくと自分探しならぬ、自分なくしの旅が死ぬまで続くことになるだろう。この日記のタイトルとは裏腹に、オレが本人であるということもたいして意味がなくなる時がくるだろう。「オレって一体、誰なんだ?」青春ノイローゼな時期に問い詰めた答えは結局、誰だっていいじゃないかに落ち着こうとしている。 (みうらじゅん 『本人日記 連載3』(hon・nin vol.03))
この文章に静かに惹かれた。 何が素晴らしいかはっきり言えないし、言っていることも目新しいことでもないけれど、どこか惹かれるところがある。 ダザイに似たものを、と言えば、きっとダザイファンは怒るのだろう。 結局、案外ダザイも、「誰だっていいじゃないか」と知っていたのではないかと、最近思う。

I drink upon occasion, sometimes upon no occasion. Don Quixote
と云うのは小津安二郎の映画で何度か出てくるフレーズなのだが、最近、upon no occasionの方が少ない気がする。ということを最近考えていた。
呑みたいから呑むために呑む、ということが最近めっきりと減ってしまって、誰かと会うことだったり、何かを祝うことだったり、そういう何か別の目的の為に呑む、ということが多い。
つまり、専らupon occasionというわけだ。
それも別に悪いわけではないけれど、呑むことそのものが目的というのもあってもよい、というか、そういう呑みかたをまたしたい。

と考えていたのが、数週間前。
その後、日比谷公園で季節外れのオクトーバーフェストで昼からドイツビール呑んだり、上野にダヴィンチの受胎告知を観に行ったら30分待ちで、炎天下で30分待つくらいならイタリア行って観るよ、と思って恵比寿で昼からビール呑んで帰ったり、焼肉食べに行ったはずなのにビールばかり呑んでいたり、そんなこんなで、結局upon no occasionだったりすることに気がついた。

I drink upon occasion, sometimes upon no occasion.
相変わらずそんな感じで気楽に生きている。
また今度呑もう。会うために呑むんじゃなくて、呑むために会う。それも良いじゃない。

『用心棒』の話を聞いていたら、どうにもこうにも堪らなくなって、黒澤明特集が上映中のテアトル新宿へと向かった。
本来ならば自転車で駆けつけるところではあるが、今にも振り出しそうな、不安定な灰色の空の下でペダルをこぐのは難しい。
上映開始一時間前に到着し、当日券を妙に身奇麗なボオイから買うと、ぶらぶらと新宿をさまよった。
しかる後に、再びテアトル新宿へと戻り、手元のチケットに記載されている席を探した。
というのは、テアトル新宿は建物は比較的古いくせに、全席指定制を取っているためであるからであるのだが、このシステムは映画ファンには概ね不評なようである。
確かに混んでいる映画では便利なのだが、大抵はガラガラなのに見知らぬ人の隣の席に座らなくてはいけなくなったりするので、少し困る。勿論、席を移ってしまえばよいのだけれども、大抵の気の小さい日本人であるところの映画ファンは少しく抵抗があるということだろう。
この日は黒澤明特集上映、しかも、『用心棒』の回ということで、席は埋まっているようで、私の席の右隣にも誰かが座っているようだった。
私は席に近づくにつれて、その人物が年配、60後半から70前半くらいの男性であって、一人で来ているらしいということがわかった。その人はズボンの左腿のあたりを少し神経質そうにこすって何か汚れを落とそうとしているようで、私は少し不安に思った。
というのも、少し古い映画を観に行くと、年配の人の近くに座ることも多いのだが、何度か迷惑、とまでは行かなくても少し耳に障るような音を立てられることがあったからだ。勿論、私は少なくとも映画観賞においてはそれほど神経質ではないし、声をたてて笑う人や、嗚咽が聞こえるほど泣く人にイライラとすることもない。
昔の映画館は今からは考えられないほどに音が多かったと聞くので、その当時の状況を常識とする人々にとっては、しかも上映されている映画が古い映画ならばなおさら、当時を思い出して同じような行動に至ることを批難するつもりは毛頭ない。そもそも、映画の愉しみ方は自由なのだから。
携帯電話を鳴らしたり、『書を捨てよ町へ出よう』の挑発よろしく隣に座る人の太腿に手を伸ばしたりはしない限りは。
さて、私が見た人物が、その様子から実際神経質だったとして、私に今時の若者を見て何か苛立ちを感じることもありえないことではないな、と思ったのである。
そして、私が席に座ると、彼は持っていたセカンドバックを開けて、びっしりと詰め込まれた何か小さな紙袋やら何やらを整理していた。開けた時点ですでにこれ以上の効率はないという位に整理整頓されていたセカンドバッグを。
私は、いつも以上に隣に座る人物の気に障らないように遠慮しながら、チケット開始から今までの一時間の間のうちに買ってきた雑誌を開いた。
すると、隣に座る人物が、私に、話しかけてきた。
―それは、いい映画だったな。
私が手にした雑誌の裏表紙には、『それでもボクはやってない』のDVD発売の宣伝が出ていた。
私が彼の方を向くと、
―骨太でな。
と言った。
―そうですね、いい映画でした。
と答えたが、何を話していいのかわからない。
カフカの『審判』に似ていたと感じたことを話せばいいのか、監督にインタビューした方から聞いたエピソードを話せばいいのか。そんなことを少し思案していると、
―この間病院の帰りにこの前を通ったら、黒澤明を上映するっていうんで、用心棒と隠し砦だけは観たいと思ったんだよ。
と言って、ほら、と私に鉛筆書きで「用心棒」「隠し砦」という文字と上映時間が書かれた小さなメモを見せた。
―『用心棒』が黒澤明のなかでは一番好きなんですか。
―そうだね、それと隠し砦かな。映画はよく観て、パイレーツもスパイダーマンも観たんだけど、たまには古い映画もいいね。
驚いた。この人はここにたまに古い映画を観に来ているのだ。私は自らの固定観念を手にとって見せられているような気がして、恥じた。
―これも何度も観ているんだけどね、テレビでも。公開された当時はヨコハマで観たんだけど、何度も続けて観に行ったよ、面白いんだもの。
―すごいですよね、当時から三船敏郎は人気だったんですか。
―三船か裕次郎か勝新かだったね。テレビでも見たけど、やっぱり小さいとだめだね。
―そうですね、ラストの望遠で撮ったシーンなんかは、やっぱりスクリーンじゃないと。
―これが当時すごい人気だったから、『椿三十郎』が作られたんだよ
―今度リメイクされるみたいですね。
―織田裕二じゃちょっとね。今の役者ではいないよ。
―そうですね、ちょっと。仲代達矢はこの作品のときには既に有名だったんですか。
―これよりちょっと前かな。黒澤明は気に入ったらしくて、『乱』でもずっと使ってるよね。
―かっこいいですよね。
―三船と張れるんだから凄いよ。緊張感がね。
というような話をしていたら、映画が始まった。

『用心棒』
とにかくかっこいいし面白い。最高。
以前に目にした「斬られるってのはなあ、痛ぇぞ」という台詞の出典が何だったか思い出せなくて非常にもどかしい思いをしたことがあった。結局それは『あずみ』だったのだけれど、
「斬られたら痛ぇぞ」と飄々と語る三船敏郎もその時思い出そうとしていた場面だったのだな、と思い出した。
勿論『あずみ』と『用心棒』との関連を語るほど珍しい台詞でもないとは思うのだけれど。
ラストのラグビー剣法が兎に角かっこいい。

映画が終わると、隣に座る彼は、
―何度観ても面白ぇなあ。やっぱり今の役者にはちょっと無理かな。
と言った。
そして、劇場の階段を登りながら、手にした上映時間のメモを丸め、少し離れた屑篭に向けてヒョイっと投げて、軽快に去っていった。

老人と呼ぶには抵抗がある人物だった。身奇麗な服装、下はベージュのスラックス、上は白のニットで、段田安則を渋くしたような容貌だった。「若い時は」ではなく「若い時も」男前だったのだろう、と思わせる容姿と雰囲気だった。
映画館で時折出会う、いかにも親しげに話しかけてくる老人とは違う、何か爽やかな人物。老人と若者ではなく、映画好きと映画好きであった。私は到底及ばないような、映画好きだった。

劇場の入り口では、織田裕二の椿三十郎の予告編が流れていた。
新宿は相変わらず鉛色の空だった。

少し前のことになるが、大学生の頃に所属していたサークルの同期から連絡が来て、名簿を作成するにあたって以下の情報が必要なので速やかに知らせるように、とのことだった。

以下の内容
1.氏名
2.住所
3.電話番号
4.メールアドレス
5.勤務先または在籍大学
6.大学院等を終了した場合は、その学科
7.一言(全角40字)

遊冶郎の私には何を書けば良いのか困ってしまうのだけれど、確か去年も同じような連絡が来ていた。
その時は、1から4の事項のみを書いて送ると、何か一言ないのか、と聞かれて、無いと答えると、彼は何か適当に埋めておくと言っていた。
その後数ヶ月たって私の手元に送られてきた私の名簿には、「以上よろしくお願いします」と書き加えられていた。
私はなにをお願いしたのだろうか。

今年は全角四十文字以内で何か書こうかと思ったけれど、特にこれといって思いつかない。
河内山宗峻のように「何となく生きておりますからご心配なきよう」とでも書けばよいのか。その後「俺は今までただ飯ばかり食ってきたように思うけれど、やっとそうでないような気がするよ」と言えるかどうかは知らないけれど。
なんてことを考えていたけれど、そんなことは必要がないということに気がついた。
考えてみれば当たり前のことで、他の人は私の一言に興味はないだろう、ということだ。
私も他の人が名簿の一言欄に何を書くかなんて興味がない。その人の勤務先ないし所属大学院にもからきし興味がないし、興味があるならば直接会って聞くか、直接連絡をする。
名簿から情報を得て、何か相手のことを考えたようになるなんて、まっぴらごめんだ。
名簿を見たり、オレンジ色のSNSを見たり、噂話を聞いたり、そんなことで相手のことを知ったようになるのは、無意味だ。
私は氏名・住所・電話番号・メールアドレスのみを書いて、メールを返信した。
会う必要があるという稀有な人とは、それを通して会うことも出来るだろう。
縁と命があったら、また会おう。書かなかったけれど、そういうことなのだ。

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じっさい箱というやつは、見掛けはまったく単純なただの直方体にすぎないが、いったん内側から眺めると、百の知恵の輪をつなぎ合わせたような迷路なのだ。もがけば、もがくほど、箱は体から生え出たもう一枚の外皮のように、その迷路に新しい節をつくって、ますます中の仕組みをもつれさせてしまう。(安部公房 『箱男』)

六月。
もう六月と言ってしまうのが悔しくもある。
六月は嫌いだけれど、五月雨ということにして、少しでも気を紛らわせたい。

そういえば、『硫黄島からの手紙』と『父親たちの星条旗』の感想を書いていないけれど、これはもう少し先延ばしにしよう。

最近あった映画にまつわる些細なこと。

「…ということで、真相は闇の中ということだね。『羅生門』のように」
と云う発言を最近聞いて、少し笑った。
つまり、この人は、芥川龍之介よりも黒澤明が好きであるか、少なくとも詳しいということなのだろう。

ちなみに、『用心棒』の有名なクライマックスの殺陣は、殺陣師の久世竜によって「ラグビー剣法」と名付けられた
……って山田宏一が言ってた。

あのシーンはかっこいいものなあ。何だかんだ言って、黒澤明作品で私が一番かっこいいと思うのは、『用心棒』かもしれない。

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