2007年1月アーカイブ

1月の記録

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1月の記録
[映画]
[1] 『アダプテーション』 オンデマンド配信
[2] 『チャーリーズエンジェル』 オンデマンド配信

<本>
<1> 大江健三郎 『新年の挨拶』
<2> 大江健三郎 『現代伝奇集』
<3> 大江健三郎 『治療塔』
<4> 大江健三郎 『治療塔惑星』
<5> 大江健三郎 『静かな生活』
<6> 大江健三郎 『二百年の子供』
<7> 大江健三郎 『僕が本当に若かった頃』
<8> 大江健三郎 『青年の汚名』
<9> 大江健三郎 『孤独な青年の休暇』
<10> 大江健三郎 『さようなら、私の本よ!』

何とか大江健三郎の小説を一月中までに読み終えることが出来た。

大江健三郎作品の「しめくくり」としての『さようなら、私の本よ!』を読み終えた。
途中何度かブランクがあったものの、2年ほどの時間をかけて、小説に限って言えば(『政治少年死す』と『夜よゆるやかに歩め』を除く)ほぼ全ての作品を読み終えた。

私が鬱屈していた時期に出会って、痺れるほどの衝撃を受けた初期の幾つもの作品から、『個人的な体験』以降の「青春が過ぎ去った後」まできちんと書いたもの、また、『燃え上がる緑の木』を初めとした「魂のこと」を書いたもの、そして、老いを書いた「おかしな二人組み」三部作までを読み終えた体験は、確かに至福の体験であった。

読書体験には人生における特定の時期にしか出会えない、運命のような本があると、確か大江健三郎は書いていた。
私が読んだ全ての大江健三郎作品が私にとって運命の出会いであったとは言えないだろうが、いくつかは確実に今しか出会えなかった読書体験だと言い張ることは許してもらいたいと思う。

最後に読んだ『さようなら、私の本よ!』を含めた「おかしな二人組み(スウード・カップル)」三部作は、まだ私にはよく解ったといえないところが多い。

しかし、今後私が何十年と歳をとっていくにつれ、じょじょに「ああ、こういう具合だったのか」と解る日が来るように思えるし、また、そのように信頼している。

映画であれ、小説であれ、作品には観た者の内面に対して、その場で完結してしまうものと、ずっと棘がささったように何かが残り続けるものがある。
私にとって、大江健三郎作品は、後者であり、その棘は、深く、また、体内に入った異物を肉が包んでしまうように、徐々に同化していくように思われる。

私は確かに、大江健三郎の小説を読み終えた。
しかし、それら全てが解る日は、まだまだ遠く、一生のこととして、それは完結しないだろう。

ひとりの子供が全力で「徴候」に読み取ったすべてに抵抗して、考え続け・生き続けたことを、一冊の本に書くことはありえるだろう!少年が書くことを思い立って、書く技術の修練に生涯を入れ込む、そして、書き始める、ということは!そしてその本が、現実的な結果をもたらさないだろうか?
(大江健三郎 『さようなら、私の本よ!』)

いまコギーは、もう取り返せないところへ踏み出した・壊れてしまった人間の「徴候」を集めているが、それは世界が滅びる段になって、あの男は予言者だった、と認められるためじゃない。まったく、そんなことをして何になる、だから!
 コギーはその記述のなかに、なんらかの逆転のきざしを探そうとしている。自分では認め得なくても、きみの記述を読む次の世代が、それを読み取ってくれることをねがって、無益にみえる労作(トラヴァーユ)をやってるんだ。
 そうであればね、コギー。きみの「徴候」を読む人間が、老人になってやることなど望んでいてはだめだ。かれらが若いうちに自分も書き・若いうちに行動を始めるよう励まさなければ!
(大江健三郎 『さようなら、私の本よ!』)

チャリエン

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オンデマンド配信で『チャーリーズエンジェル』を観た。

まあ、これはこれで最高やよね。

『「おかしな二人組」三部作』 特装版を買った。
ネットで買ってもよかったのだが、他に色々と欲しい本があったので、ジュンク堂に行ってみた。
大江健三郎コーナーに無いので、探していると、なんと普通に新刊コーナーに平積みしてあった。
買ってもよかったのだが、赤い帯が破れていたので、折角特装版を買うのに、と思い、別の所かネットで買うことにした。他の本を色々と買って。

帰ってきて、最寄の本屋に行くと、目当ての特捜版が置いてあるではないか。普通の本屋にでも売っているのか。
新潮文庫の大江健三郎すら3冊くらいしか置いていない本屋で。

さて、そこで買ったのだが、レジの青年に少し苛立ってしまった。
他に漫画を二冊買っていたのだが、青年は私に、袋にお入れしますか、と聞いた。
手ぶらの私に。
つまり、君は何か、それだけ分厚い本と、漫画二冊を、私が抱えて帰るとでも思っているのですか、と聞いてみたい気もしたけれど、大人気ないので、はい、と答えた。
さらに苛立ったのは、本をぞんざいに扱ったことだ。
1万円近くする特装版の本を買っているのだから、ある程度大切なものだということくらいは当然考えるべきではないのだろうか。それも、書店の店員が。
バーコードを通す時もバタバタと粗暴に扱うし、頼んで入れてもらった袋への入れ方も、丁寧な印象はうけないものだった。

せめて書店の店員ぐらい、書物に愛情を抱いていて欲しいと思っていたのだけれど。

http://d.hatena.ne.jp/thinkingreed/20070114
コメント欄に書くには長くなりすぎそうなので、ここに書いて絡むことにする。

「見る前に跳べ」というタイトルのエントリなのだから、何かコメントを残しておこうと思う。
基本的には木村敏の著作を読んだ経験で感じたことを書くが、正確な引用をしない、曖昧な記述になるかもしれない。もしわかりにくければ、引用を示そうと思う。多分。出来れば。

このエントリの中で、私という存在は3つ出て来ている。
「物語を構築する『私』」、「生きている私」、「観念的な自分」である。
そして、この「物語を構築する『私』」というものは、「観念的な自分」に他ならないのだ、と言っている。

この点において、少し「私」という主体について混同が見られるようにおもう。
確かに、

「私はなぜ今の私であるか」という問いに答えを出すことなしに、人間は一瞬たりとも生きていくことができない。良かれ悪しかれ、フィクションとしての物語を構築しながら、前に進んでいく。

ということはあるだろう。
人は物語を構築しながら生きている。ポール・リクールは引かないけれど。

この「物語」という意味を如何に解釈するかは非常に広い意味を持つ言葉だけに難しくもあるが、ひとまずこのような場合を考えてみよう。
例えば、音楽を演奏する。
この場合、楽器を演奏する(指を動かす、息を吹き込む、等等)という行為そのものがある。そしてまた、その演奏されている音楽を聴きながら、次にどのような行為(指を動かす、息を吹き込む、等等)をとればいいかを考えるということがある。
この二つの次元のものは、お互いにフィードバックを繰り返すような状況であろう。自らが演奏する音楽を聴き、次にどのような行為をするかを指や気管に指令する行為、そして、その行為からまたフィードバックされ、次の行為を決定する、というように。
このような状況は人が生きている限り、続いていく果てしないフィードバックであり、このことを指して、「物語」を構築せずには生きていけない、と言うことが出来よう。

キッチンに行って、何をしに来たか忘れたような場合、このフィードバックがある時点で切れてしまったということであり、「物語」が途絶えた状況であると言えよう。このような場合は、他にも、気の乗らない読書で、眼は文字を追っているが、内容が入ってこないような状況にも見られる。

このようなフィードバックが物語を構築すると云うことなら(誤解ならすみません)、そのような「物語を構築する『私』」と「観念的な自分」とは根本的に異なった次元の話ではないだろうか。

「観念的な自分」というのは、http://blog.livedoor.jp/last_news/archives/50267200.htmlを読むと、いわゆる「近代的自我」が「本物の自分」とみなしているものだろう。
それならば、「物語を構築する『私』」とはまた別のものでるはずだ。なぜなら、人が生きている限り更新し続けられるフィードバックとしての物語を構築する「私」は、近代以降に見られるものではなく、人が存在しているはるか昔から存在しているから、いや、人の主体性そのものと言ってもよいものだからだ。

それこそ、飯を食い、恋をし、音楽を奏でる中にも更新し続けられるフィードバックとしての物語は続いているのである。むしろ、そのような「第一の私」そのものではないだろうか。

「物語」という言葉の意味は、もっと狭いものだ、より観念的で、思索的、端的に、近代的自意識の産物だと言うとすれば、それはトートロジーに他ならないし、また、そのようなものなら、人間は無しでも生きていけるだろう。

また、「観念的な自分」は「生きている私」に常に遅れて立ち現れると書かれてあるが、これは「観念的な自分」を「物語を構築する『私』」と読み替えるならば、確かにその通りだ。厳密に言えば、それは、立ち遅れるというよりも、ずれが生じると言えそうだが。
つまり、先程の音楽の例で言えば、「物語を構築する『私』」は自分が演奏する行為によって紡ぎ出される/紡ぎ出された音楽を感じているのであり、それによって演奏する行為を決定している。この過程では、常に演奏する行為自体と、紡ぎ出される/紡ぎ出された音楽を感じている私にはずれが生じるだろう。
これから何を演奏するか、という未来へ向けて見れば、それは常に演奏する行為自体に僅かに先立っているし、これまで何が演奏されたか、という過去を見れば、それは常に演奏する行為自体に僅かに遅れている。

「観念的な自分」を近代的自我のことだとすれば、「生きている私」に対して常に遅れて立ち現れるか、という問いは、どういう意味を持つだろうか。
「生きている私」を先程の音楽の例でいう演奏のような行為そのもの、字を眼で追ったり、足でキッチンに向かったりする行為そのものと云うように考えれば、それは当然ずれを含むだろう。
近代的自我とは、更新し続けるフィードバックという物語のような「第一の自分」とは別次元のものだからだ。
もっとも、これも緩やかなフィードバックの中にあるとはいえ、「第一の自分」とある程度切り離された、遊離したような存在なのだろう。
「生きている私」をそのような更新し続けるフィードバックという物語そのもの、つまり「第一の自分」そのものだとしたら、同様にそのような「第一の自分」と切り離されたところに近代的自我を定めている以上、やはり、フィードバックの中以上に大きなずれを含むと言える。


さて、そのように考えると、「見る前に跳べ」とはどういう意味なのか。
跳ぶ前に見るということを、まず文字通りに捉える、つまり、先程の音楽の例のように捉えると、それが可能なことは言うまでも無いだろう。
私達は、跳ぶ向こう側を見て、跳んだ自分を思い浮かべ、それに必要な行為を行う。
端的に、見て、跳ぶということそのものだ。
言うまでもなく、音楽でないようにピアノの鍵盤を出鱈目に叩くことが可能なように、見ないで跳ぶということも可能だ。
この場合は、見ている主体は、音楽の例で言うところの、演奏される/演奏された音楽を聴いている私と同じである。そして、跳ぶ主体は、演奏する行為そのものを行っている私である。

見ないで跳ぶのではなく、見てから跳びなさい、というそのものなのだから、当然すぎるくらいありふれた教訓である。

しかし、これを「見る前に跳べ」とすると、話は変わってくる。

ここで、「見る前に跳べ」という言葉について記しておく必要があるだろう。
「見る前に跳べ」という言葉そのものは、大江健三郎の若い頃の同名の短篇から来ている。
そして、この短篇は、W・H・オーデンの詩"Leap, before you look"から来ている。そして、大江健三郎の短篇のなかで「見る前に跳べ」と訳されているのは、この詩のタイトルではなく、この詩の冒頭、"Look if you like, but you will have to leap."である。

そのような言葉、「見る前に跳べ」はどういう意味を持つだろうか。
先程の様に、「見ないで跳ぶ」ことは可能だが、「見る前に跳べ」ということは果たして可能であろうか。
それは最早、突発的に鍵盤を叩く行為が音楽ではないように、何かに向けて跳ぶことではありえない。突発的に、衝動的に、跳ぶということそのものを意味するのだ。
これが、「見ないで跳ぶ」とは違って、「見る前に跳ぶ」のだとしたら、跳んだ後に見るということになる。しかし、それはもはや、「跳んで、それから見た」ということでしかない。跳ぶということと見るということの二つをなしているに過ぎないのだ。つまり、「見る"前"に跳ぶ」ということは「見ないで跳ぶ」か「跳んで、それから見る」ということのどちらかになってしまう、不可能な行為なのだ。

しかし、これを近代的自我、「観念的な自分」と捉えればどうだろう。
この捉え方こそ、このフレーズを印象深いものにしているのだ。
つまり、跳ぶと見るという別々の行為をつなぐ、「観念的な自分」の思索について語っているのだ。ここでは、「見る前に跳べ」という言葉に対置しているのは、「跳ぶ前に見る」ということではないのだ。
大江健三郎が"Look if you like, but you will have to leap,"を「見る前に跳べ」としているように、ここで対置されているのは、「跳ばないで見ていること」なのだ。
跳んでから見るか、見てから跳ぶか、ということが問われているのではなく、見ているか、跳ぶか、ということを問われているのだ。
つまり、"Look, before you leap."を"Leap, before you look."ともじった場合に現れてくるのは、見てばかりいる近代的自我=観念的な自分そのものへの命令なのだ。

"Look if you like, but you will have to leap"という囁きにも似た命令。
見てばかりいてもよいけれど、いつかは跳ばなくてはならないよ、という命令。
いつかは、見ている私・近代的自我・観念的な自分そのもの、から、跳ぶ私・「第一の私」としての役割を果たさなくてはならない、という命令なのだ。

大江健三郎作品の『見る前に跳べ』については、また稿を改めようとおもう。

『僕が本当に若かった頃』を読み終えたので、小説に限って言えば、殆どのものは読み終えた。
大江健三郎作品にも登場したことがあるHP、大江健三郎ファンクラブの作品年表を参照した。
http://www.ops.dti.ne.jp/~kunio-i/personal/oe/nenpyou.htm
入手困難な『政治少年死す』と『夜よゆるやかに歩め』を除けば、読んでいないのは『孤独な青年の休暇』と『青年の汚名』ということになる。
それを読めば、残すはいよいよ、『さようなら、私の本よ!』だ。

こんなふうに全ての作品を読もうと思った理由は数多くあるが、『さようなら、私の本よ!』を読むためには、それまでの全ての作品を読んでいなくてはならない、と強く感じたというのが大きい。
何故、と言われればはかばかしい説明ができるのではないが、それが、礼儀だと感じたのである。

その待ちに待った喜びの瞬間が近づいている。これは楽しみでならない。

さて、その『さようなら、私の本よ!』を読むにあたって、これは2005年に出版された初版を購入しようと考えていたのだが、どうやらこんなものが出でいると言うではないか。去年の年末に。
www.amazon.co.jp/『「おかしな二人組」三部作』-大江-健三郎/dp/4062138042
長江古義人を主人公にした三部作、『取り替え子(チェンジリング)』、『憂い顔の童子』、『さようなら、私の本よ!』をまとめて、付録をつけたものらしい。
『取り替え子(チェンジリング)』と『憂い顔の童子』はともに単行本で持っている(『取り替え子(チェンジリング)』に関しては講談社文庫も)が、なぜか初版のものが105円でブックオフで売っていたものを購入したものだ。

これだけ安上がりになっているのだから、特装版を買うことにしようと思うが、9240円というのに少々たじろいでしまう。
きっと買うのだろうな。

また、これはmixiの大江健三郎コミュニティで知ったのだが、『M/Tと森のフシギの物語』が講談社文庫で出るらしい。
この作品は、『万延元年のフットボール』と並んで、ノーベル文学賞の選考に大きな意味を持ったと言われる作品で、実際大江健三郎作品の中でも非常に大きな意味を持つ作品だ。
そんな作品が、今まで絶版だったというのも信じがたいことではあるが、文庫でどうなっているのだるう、と少し心配になるところもある。

というのも、これは単行本では大判で、各ページに背景として、森の絵が描かれているのだ。
挿絵、というのではなく、丁度HTMLで言うところのbackground-imageのような具合で、文章の背景に全て同じ森の絵が、透かしのように入っているのだ。全てのページに。

この独特のページはとても興味深く、また、本を持つ喜びを感じたのであるが、これが文庫だとどうなっているのだろう、と少し気になった。
まあ、描かれてある中身に違いはないのだし、気になった人は古書で初版を1000円くらいで買えるのだから、問題はないのかもしれないが。

それにしても、『懐かしい年への手紙』を講談社学芸文庫で買おうとしたら、出版社在庫すらないのだから、驚く。この作品もしばらく手に入りづらくなるのだろう。『燃えあがる緑の木』三部作と、『宙返り』へと続く非常に重要な話であるのに。

若いころ、「みんなが読んでいる本」じゃなく、「信頼する人が読んでる本」を読もうとした。
と大江健三郎はジュンク堂の特設コーナー、大江健三郎書店に向けて記しているが、http://www.junkudo.co.jp/sakkashoten/07oe/ooe-kotoba.htm 「信頼する人が読んでる本」も手に入りにくい状況にはなって欲しくないとは思う。

まだ、「信頼する人」を探している段階ではあるのだけれど。

冬至はとっくに過ぎたとは言え、まだ日の落ちるのは早く感じる冬の昼過ぎの太陽に、責めたてられるようにして、神保町の古書店街に行った。
生憎、目的の古書店はおろか、大半の古書店の休業日は日曜日だったのだ。
曜日感覚が狂っていて今日が日曜日だと気がつかなかったと言えば、いかにも「日毎ーデンサ」風だけれども、さすがにそんなことはない。

それでも、開いている古書店があったので、入ってみると、大江健三郎作品が幾つかあったので見ていた。小説でまだ読んでいないものを探すと、『僕が本当に若かった頃』があった。

それとあわせて、もう5年以上欲しい欲しいと思いつつ、買うふんぎりがついていない本、『安部公房レトリック事典』も購入した。
この本は、安部公房の全ての著作から、著者の谷真介がレトリックを採集(この言い回しは巻頭にあるが、ことばを採集という言い方は、実に安部公房作品に相応しいように思える)、項目別に分けたものである。

絶版になっているが、多くの図書館に蔵書として入っていることと、若干のプレミアだけでいつでも買えるという思いから、ついのびのびになっていた。
それを、この古書店以外殆ど閉まっている日に神保町に来てしまう間の抜け具合も何かのきっかけだろう、ということで、購入した。

この日の彩りとして何かを加えたかったために神保町に来たのに、殆どの店が閉店で成果なし、では余りにモノクローム過ぎると感じたのが理由でもあるのだが。

銀色の帯つきで、初版、私は余り本を蒐集するという癖はないつもりだが、この本は確かに、蔵書欲というものをくすぐられるように思う。もっとも私は、五年間くすぐられ続けているほどの鈍感さの持ち主なのだけれども。

第二版では、追加収録もあるということらしいのだが、それを買うのはまた五年後になるのだろうか。
全集を買ったほうが良いのだろうけれど。
ああ、安部公房Complete Worksが欲しい。
これはもう十年ぐらいくすぐられ続けている。

特筆すべきことは、奇妙なほど早く安い中華料理チェーン店のカウンターで、二人で食事をしていて相手の女性の名前を間違える男性の姿を見たくらいで、ほかは特にないのである。
オンデマンド映像配信で観ると言っても、まだテレビが壊れていない頃に観ていたテレビ東京のCSIマイアミの見落としたエピソードの落穂拾い程度であるし、詳らかにしたくないことは、想像力のパテでつなぎながら何とか一つのエピソードにするいうことも、具体的な案が浮かぬ以上、不可能である。ましてや、思わせぶりな断片の呟きを書き残すには、最早私の自意識は肥大しきってしまっている。アルコールの酔いに紛れて一言二言呟く、ということならまだしも、文章でブログに残す、ということは出来そうも無い。もとより、そのような思わせぶりなエピソードも、有りはしないのだけれど。
だから、新年から現在まで続く一日一日の日記を埋めると云う行為は、ここで断念するとしかないな。

そんなことを考えながら、私はこの週末の一日ビールを呑みムール貝を食べ、また一日ワインを飲みビーフシチューを食べたのである。

そのような具合で、若干の気詰まりが、ふつふつと発酵したガスが炭酸水のように湧き出ているような、一週間とそれを挟む二度の週末であったということにしておくとしよう。

テレビが壊れて半年以上、無しで済ましてきて、別段不便を感じないどころか、実家のテレビが地上波デジタルの妙に鮮明な薄型テレビに変わっていたのでバラエティ番組を見た折には、頭痛まで感じるほどになってしまっていた。
まあ、それはそれとして、ひょんなことから、テレビが無いうちの部屋に、オンデマンド映像配信の受信端末が送られてきたりして、それがパソコンに繋げられることになったりして、テレビとビデオの間のようなものが、見られるようになった。
ハードウェアの問題から、解像度は若干低いのではあるけれども。
そしてまた、長時間観ると頭痛がしてくるのであるけれども。

映画チャンネルで、『アダプテーション』を放送していたので、観た。
というのも、最近なぜか身の回りで、ニコラス・ケイジの話をすることが多かったからだ。ハリウッド俳優の話ぐらいするでしょ、と言われれば、世間でニコラス・ケイジの話2週間の間に3人もの人からされる奇妙さを味わってみればよい、とくらいは言えるだろうね。

『アダプテーション』
チャーリー・カウフマンとスパイク・ジョーンズの組み合わせ第二段として、やはりそれはそれは奇妙な話だった。けれど、何ともいい話だった。
前半で、セックスとカーチェイスと銃撃戦の出てくる脚本は書きたくないと、主人公が言うが、"ウロボロス"のような構造をとり始める脚本に脚本が飲み込まれていく過程で、そのどれも登場する。そのどれも、ひどく間の抜けた形で。
二人のニコラス・ケイジが夜中の湿地に浸っているシーンの居心地の悪さといったらどうだろう。
まるで、自分がいつもくつろぐリビングに、匂いたてる汚泥をぶちまけられたかのような、異物感と居心地の悪さだ。
それでも結局、どこか良い話なのだから、凄いものだと思う。
テレビ的な環境で映画を観ると、どうにも少し集中力が弱い気がする。

John Laroche: You know why I like plants?
Susan Orlean: Nuh uh.
John Laroche: Because they're so mutable. Adaptation is a profound process. Means you figure out how to thrive in the world.
Susan Orlean: Yeah but it's easier for plants. I mean they have no memory. They just move on to whatever's next. With a person though, adapting almost shameful. It's like running away.
("Adaptation")

そのためだけに気軽に行くには少し遠い、最寄り駅から延びる私鉄沿線の駅近くに、美味しいパン屋がある。
近くに行ったので、そこで帰りにバゲットとガーリックバターを買って帰った。
パンが美味いのは前から知っていたが、新製品らしいガーリックバターが、とても美味しい。

美味しいのは良かったけれど、ただでさえバゲットやバタールが切りさしで置いてあると、何か気になってついつい切り出して食べてしまう癖があるので、非常に困ってしまう。
これにガーリックバターがストックされてしまうと、次はまたそのためにパンを買ってくるという循環に陥ってしまう。心地よい悪循環。

果たして体重は減るのだろうかね。

パソコンを点けると、windowsのログイン画面でモニタがブーンという音(それは消える時に常に鳴る消磁気のためらしい音だ)を立てて、消えた。
まだパソコンはモニタに点いていてもらうことを要求しているにもかかわらず。
以前、この早すぎるスイッチオフが別のモニタに表れたことがあって、それが理由で現在のモニタに買い換えたのであった。つまり、このモニタが壊れた。
何度かパソコンを点けたり消したりしてみるものの、相変わらず唐突にブーンという音を立てて消える。
これは駄目だな、と思い、秋葉原へモニタを見に行った。
すると、私が4年前に買ったような、手ごろな大きさのCRTモニタは殆ど姿を消しており、売り場は液晶モニタで占められていた。
その値段と性能の違いがからきし解らなかった私は、秋葉原の独特の雰囲気のなか、電気回路の苦いような匂いが漂ってくるようで、疲労と頭痛を感じ始めたので、帰ることにした。

パソコンを点けて、無駄なあがきとBIOSをチェックしていたら、突然BIOSの設定が終了し、windowsを読み込み始めた。ついにパソコン本体も壊れたか、と思っていると、ログイン画面が現れ、しかもモニタはブーンという音を立てない。
恐る恐る操作を続けてみるものの、やはりあのブーンという音を立てることはなかった。
つまり、モニタは壊れていなかった。

ヒキコモリに4年間毎日酷使されていれば、壊れるのもいたしかたないと考えていたが、実際は控えめなサボタージュを試みただけのようだった。
いつかまた、あのブーンという音を立てるのかもしれないが、暫くはまだ大丈夫なようだ。

それにしても、半年前にテレビジョンが壊れて、今回モニタが控えめなサボタージュを試みるというのは、半年ほどのあいだに、「画面」状のものが二つ壊れたということだ。
「画面」というものに何か象徴的な意味を探るとすれば、それらが壊れた私の半年間は、どういうものだったのだろうかと考えもするが、結局それらは二つの電化製品の寿命に過ぎなかったのだと即物的に見られるだけの最低限の耐性は、どうやら現在の私は持っているようだ。
めでたしめでたし。

それにしても、シチューは美味い。

シチューと云えば、ビーフシチューと白米を同時に食べる人を初めて見たときはたいそう驚いたものだった。
実際、私にとってそれまで、ビーフシチューと白米を同時に食べるなんて選択肢は、考え付きすらしなかったものだったから。
その驚愕の体験は、ある種の熱っぽさと共に思い出される。それは、大学受験の為に高校教師の引率で上京していた時だった。志望校受験の為に緊張して熱っぽいということもあったが、端的に私は流感に感染していたのだった。
東京での初日の夜だったと思うが、ホテルの一階のレストランで、同じ大学を受験する同級生たちと夕食をとることになった。そして、その中の一人が、ビーフシチューと白米を注文したのだった。
熱っぽい疲労感で全く食欲の湧かない私は、幼い頃の発作にも良く似た、視界に霞がかかったような距離感を感じながら、私にとって全く馴染みの無い組み合わせの夕食を食べる同級生をぼんやりと眺めていた。そして、おそらくはその組み合わせがメニューに載っていたであろう以上、私が知らないだけで、ある程度は一般的な組み合わせなのであろうと納得はしていながら、その一方で、ああ、私がこの同級生と根本のところで反りが合わないと感じていたのは、如何にも妥当なことだった、と漠然と納得されるようであった。
そして、早々と私独りでレストランから戻った後、当時東京に住んでいた父が私のホテルの部屋に持ってきたパン、まだイースト菌の香りすら漂って来そうに仄かにまだ温かいそれを、食欲が全く湧かないまま、眺めていると、如何にもそのパンが、親しみ深いもののようにも感じていた。
実際、私がレストランで頼んだものは、刺身定食であったのにもかかわらず。今になっても、あの刺身定食の生温かく感じる刺身、まさに魚の生肉と云った感触のそれが、腫れた喉を這うように嚥下される不快感が生々しく思い出されるようだ。
つまり、私は幾分弱ってはいたのだろう。薬に余り強くない体質の所為もあって、日頃薬を飲まないように心がけていたために、街医者の薬が劇的に効いたとはいえ。
あの時の体験はどこか夢の記憶のような印象を受ける。
そのような印象にもかかわらず、いや、それだけにいっそう、その感覚の記憶は生々しいものであるように思う。
当時の私には超現実的ですらあったビーフシチューと白米という組み合わせ、生温かい刺身定食、食欲は湧かなかったがある種の懐かしさは感じさせたイースト菌の匂い、そしてホテルの部屋でのクリスタルガイザーの冷ややかな心地よさ。
それらは、果たして本当であったかと聞かれれば、疑わしくもあるが、私自身の感覚の記憶の生々しさは、確かなものであるように思う。

さて、それにしたって、シチューは美味い。

常楽我浄

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浅草寺に初詣に行ってきた。
日曜日ということもあってか、ものすごい人手で、本堂から宝蔵門まで人がびっしりという気持ちが悪い状況ではあったが、気持ちに余裕があったので、比較的心穏やかに参ることが出来てよかったのではないだろうかね。

並んでいる間、強風で煽られて飛ぶしめ縄の藁を見て、丁度読み終えたばかりの大江健三郎の『新年の挨拶』を初め様々に引用されるダンテ新曲の中の、藺草について連想したりしていた。

おそらくそのような新年の挨拶の、やがて僕に届くもっともきびしい呼びかけは、かのけだかき翁の叫び声のようではないだろうか? 何事ぞ遅き魂等よ/何等の怠慢ぞ、何ぞかくとゞまるや。その声を聞く時、自分の腰に、一本の滑かなる藺が束ねられているといいのだが……
(大江健三郎『新年の挨拶』収録『カトーの藺草』)

さて、並んでいる間に、通路脇の掲示板に、浅草寺の由来と、観音に祈る言葉「南無観世音菩薩」の説明があった。
「南無観世音菩薩」で思い出したのは、桂枝雀の『景清』で主人公が熱心に観音(この場合は清水寺の観音だが)に参る際の台詞であった。もっと長い言葉で祈っていたのではないかと思っていたが、一向に思い出せぬ。
帰ってから聴きなおしてみても、よくわからない。
検索して調べてみると、どうやら延命十句観音経というものらしい。
http://www.nenjudo.co.jp/page/jukku.html
常楽我浄の四徳か。なるほど。
お経には著作権は無いと思うので、書き写しておこう。

観世音 南無佛
與佛有因 與佛有縁
佛法僧縁 常楽我浄
朝念観世音 暮念観世音
念念従心起 念念不離心

君、太った?

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そっちはどうだい/うまくやってるかい
こっちはこうさ/どうにもならんよ
今んとこはまあ/そんな感じなんだ

と云う具合に、忘年会の日程の調整がつかず、のびのびに延びた宴会を新年会としてA会の人々と行った。

と、珍しく呑み会のことなんかを書くのは、久々に会って懐かしかったとか、色々話しそびれたとか、次に会うのは花見かな、とか、そんなことだけではなくて、ちょっと面白く感じることがあったからだ。

それは、私の体重が増えたことに由来する。
つまり、久々に会った様々な人から、「太った」という直接の言葉から「印象が変わった」というオブラートに包んだ表現まで(実家では公家顔になったとも言われたのだが、より公家顔の知り合いが居ることは措いても、直接の血縁から公家顔と言われるのも皮肉だ)様々に指摘を受けた。
そして、それで思ったのは、A会の人々の「太った」(とそれに類する表現)という言葉には、ネガティブな印象がはっきりとあるということだ。

「太った」ことは美醜の点からして、「醜」の部類に入るから、ネガティブな印象は別に不思議でもないのではないか、とも言えるかもしれない。

しかし、実際、他の人々と会って、「太った」ことを指摘された場合、例えば、私の場合最近の例では、高校の友人との呑み会などでは、その「太った」という言葉からはニューラルな印象を受ける。
たとえ「ちょっと痩せたほうがええんちゃう」と近所の小父さんに言われたとしても、その言葉には美醜の「醜」というネガティブな印象は余りなく、どこかニュートラルな印象のように思うのだ。

「太る」ことが「醜」であることは、ダビデ像のような肉体や、運慶や快慶の仏像のような肉体が「美」であるとして、ある程度は通用する美的規範なのだろう。尤も、痩せ過ぎのモデルが批難されたり、ふくよかな肉体の方が好みだという美的規範も存在するようだが、それでもまだ、程度の差こそあれ、「太る」ことは「醜」であるという規範が支配的であるように思う。

しかし、それでも私が「太る」という言葉からニュートラルな印象を受けるのは何故か。
それは端的に服を着ているからではないかと思う。

美的感覚の難しさはあるかもしれないが、ダビデ像のような肉体の持ち主と、ホーマー・シンプソンのような肉体の持ち主が二人とも裸で並んでいた場合、どちらが美的かと聞かれれば、多くの人はダビデ像を選ぶのではないだろうか。
しかし、その両者が服を着ていると、その審査の対象は、肉体そのものではなく、その人全体を見ることになるように思う。
勿論、その場合どちらが美的に優れているかということは問いにくいとは思うが、どちらが好ましいかと言われれば、その容姿、ファッションなどの外面から、表情や所作などから綜合的な印象で判断するのではないだろうか。
だから、私が感じるニュートラルな印象というのは、「太った」という事実は認めるものの、綜合的な印象はさほど変化がない、或は、変化があってもさほど重要ではないという捉え方に基づいているように思えるのである。服を脱いで裸の肉体を見せ合う必要でも無い限り、肉体そのものの美醜を問うことは、さほど大きな問題ではない、ということではないだろうか。

一方で、A会の人々の「太った」という指摘は端的に肉体そのものの美醜を問われているように思う。つまり、私が他の人々から受ける印象よりも、A会の人々の指摘ははるかに肉体が占めている割合が高いように思うのである。これは矢張り、以前熱心に肉体を使う武道に携わっていた集団だからかとも思うのだが、それにしても、普通に服を着ている呑み会にも関わらず、会話の非常に重要な位置を占めるというのは、少し奇妙だと感じたのである。

肉体感覚に敏感になるため、即物的な肉体の見方からそのような表現が出るのかもしれないが、それに加えて、どこか「太った」というネガティブさには、「太った」以前を知っているという前提から、どこか過度の親しさの表現を感じるように思う。
端的に相手の肉体の変化そのものを云々するのは、どこか性的ですらあるとまでは言いすぎにしろ、武道という肉体的コミュニケーションは、これほどまでに肉体的な距離感の近さを醸し出すものなのか、と久々のA会の人たちとの再会において、「太った」という言葉のネガティブな印象に端を発して、違和感を感じたのである。

それはそうとして、私は私自身の裸を直視せざるを得ないのだから、自分自身の美的感覚に拠って、少し痩せようと思います。はい。

そういえば、三十三間堂の四天王像を恋人と観ていた友人が、その肉体の見事さに感動して、俺もこのような肉体を目指そうかと言ったところ、そうなったら別れると言われたそうだ。
美的規範の共有というのは、まことにむずかしいことだ、はは。

二日続けて母と姉と食事。
それにつけても、鴨肉が好きだ。

映画の話になったのだが、姉は最近『エコール』を観たのだそうだ。
興味を惹かれつつも見逃しているあまたの作品の一つではあったのだが、姉の作品評よりも、観客に対する批評の方が興味深いものだった。
それは、カップルでこの映画を観に来ている人が信じられないし、増してや男性独りで観に来ている人なんて、ペドフィリアに違いないと言う手厳しいものだった。
私自身、この映画を観るとしたら、おそらく独りで行くだろうなと考えていただけに、あまり良い気持ちはしなかったものの、『タイタニック』を姉が観て来た折も、同じく数人で観に来ていた男子高校生を手厳しく批難していたということを思い出しながら、本人は決して認めようとはしないであろうその一貫した頑固さに対して、珍しいものでも見るように感じていた。もっとも、『エコール』も『タイタニック』も、私はその時点で観ていなかったのであるし、『タイタニック』をカップルで混雑している中、同じくカップルで観に行くという選択肢が私に当時あったとして、灰色の時代の屈折した私には、それを出来ぬ偏屈さがあったであろう。
ともあれ、『エコール』のような映画を男性独りで観に行くことを「良し」としないどころか、明確な嫌悪感すら抱くという人が実際に居るということを目にして、相当に驚いた。
同じくペドフィリアの嫌疑を受けかねない『ローズ・イン・タイドランド』(姉はこの作品の方がまだ「まし」と言っていたが)を実際に私は独りで(実際は終映後明るくなった場内で知己を見つけたので、厳密に言えば独りではなかったとも言えそうだが)観ていたのである。
それどころか、大よそ男女で観に行くべきではない映画を、女性と観に行ったことも幾度もあるくらいである。『タクシードライバー』のトラヴィスのようにポルノ映画館には行かなかったが、果たしてそれと比べてATG作品や、オゾン作品、アルモドバル作品らを観に行くことが姉のような人々にとって、どれほど嫌悪感に差があるかと言われれば、疑問であるようにも思う。
私はこれからも、『エコール』のような作品を独りで、或は、女性と、男性と、それらの区別なく観に行くことだろう。
それは端的に、その方が面白いと感じるからだ。
映画館の照明が落ちた後は、なるべく見落としの無いようにスクリーンを見つめているし、その間に隣の人を観察する余裕は私の眼にも頭にも無いだろう。結局、スクリーンと対峙する体験は、独り独りのものなのだから。それでも誰かと映画を観に行くのは、その後に自分の体験と他者の体験を比べてみたいからで、自分の体験をより深くしたいからだ。
そのような点からすれば、どのような作品を、誰と観に行くかという点において、その人の体験を聞くのが面白そうかということこそ考慮すれども、その作品が「何向け」であるかは私にとって大した意味を持っていない。そもそも「何向け」と作品を断定してしまうこと自体、偏狭な態度ではないだろうか。
スクリーンと一対一で向き合う体験の喜びに比べれば、暗くなる前と明るくなった後の劇場での気詰まりが、如何ほどのものだというのだろうか。

とは言っても、余りお互いを知らない時点で「映画を観るのが好き」という話で盛り上がろうとした場合、相手が姉のようなものの見方の持ち主である場合、安易に「オゾンが好き」などと言うべきではないのかもしれないね、はは。

母と姉と食事中、2006年から考えていたことを言ってみたが、母はただ笑うだけで、姉はその人物について全く知らなかった。

私の懸案とは。
この二人が似ているのではないかということ。

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似てるよね。

日本対メキシコのボクシング対抗戦をテレビで観た。

中々内容の濃いものであったし、何よりゴールデンでこれだけの試合数を観られるというのが嬉しい。
メインイベントの川嶋ミハレス戦は少し哀しいものもあったが。

一番印象に残ったのは、エドウィン・バレロの試合。
スーパーフェザーのチャンピオンの初防衛は鮮やか過ぎるKO劇だった。
あんなパンチを見せられれば、もう、溜息しか出ないね。
それにしても、真鍋圭太の階級の世界チャンピオンがこれか。バレロは次に日本人と試合すると言っているそうだが、本望信人に勝っていれば、全く可能性もなかったとは言えないと考えてしまうのも、ファンの贔屓目だろうか。
しかし、全く相手になっていないというのが凄かった。
世界タイトルマッチなのに。

剥き出しの才能の美しさと残酷さなのかね。

関係ないけど、ベネズエラと聞けば反射的にカーロス・リベラと想像してしまう。
ジョー脳。

TV-manとの会話

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君にはゲイ疑惑っちゅうのがあるよな。と私の目の前に坐る酔漢が急に言い出したのは訳があって、それは一つには私自身の服装の嗜好があったのだろう―例えばその日私は左耳に蝶の片羽のピアスをしていた。そのピアスを見てその酔漢は、現に右耳にピアスもしとるし、とも言った。実際は私の左耳であるのにも関わらず。つまり、その酔漢にとって、自分の左右よりも、私のゲイ疑惑の方が定かだったというわけだ。はは。もう一つの理由というのはその日私が目の前に突然現れた女性に殆ど碌に会話もせず、隣に居たTV-manとの会話に没頭していたということだろう。
この場所、つまり、酔漢が私に同性愛者の疑いを向けたのは、高校の同級生の新年会で、下がって、この酔漢も私の高校の同級生ということだ。そして、私がずっと会話していたTV-manは、実際そう呼ばれているわけではないが、全くTV-manらしくないという理由では、比較的よく出来た呼び名ではあるかもしれない。もっとも、彼はTV-manであるとはいえ、番組製作とはおよそ縁の無い部署に勤めているらしいのであるが。
TV-manは私が知り合った中でもその感性の鋭さにおいて全幅の信頼を置けると感じる人物であり、その時々にnumber girlであったり、カミュの『ペスト』であったりを薦めて呉れ、その全てにはずれが無かったのである。そしてまた、この日も私がここ一年ほどで様々に考えていたことを、触発させるような問題意識をTV-manが会話に上らせたので、少々酔いも回った頭の私も、この日の集まりの友人達との共通のタームで言えば、「あつく」(この言葉には、文字通りの熱中ということもあるが、それに加えて、それを客観的にみつつどこか嘲弄してもいるような、鬱屈したシニシズムのようなものも含まれている。まさに私が灰色の時代と感じるものから生まれてきた言葉の一つでもある。)語ったのである。
それは、例えば、知性の対義語とは偏見であるのではないか、とか、中原中也について、とか、古典と新作を同列に語れる知性と感性を持ちたい、ということや、色々であり、こうして文字にすると陳腐にも青臭くもあるのだが、鬱屈した思考を続けがちであった私にとっては、有意義という言葉以上のものを含む、濃い新年の経験だった。少なくとも、ゲイ疑惑をかけられるほど眼前の女性に冷淡になってしまう程度には。

2006年の読書作品に『いかに木を殺すか』を加えておこう。
2006年最後の日は、夜更かしして『いかに木を殺すか』を読み終え、志ん生の『芝浜』を聴きながら浅く眠り、墓参りに行き、串カツ屋で昼から父と呑み、他色々して過ぎた。

2006年について多くは語るまい。
2006から2007へと移行した今日を、区切りとしてではなく、連続として、このように生きようと思うことは心にある。
それはdecentに生きるということ。
descentにはならぬように。というのが精一杯の年始の諧謔である。
さて、明日は新幹線に乗る間際に八重洲ブックセンターで買った文庫版の『新年の挨拶』でも読むとしようか。
decentに一年を始める機会として。

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