2006年12月アーカイブ

2006年読んだ本

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<1> ポールオースター 『鍵のかかった部屋』
<2> シェイクスピア作 野島秀勝訳 『ハムレット』
<3> 三浦展 『下流社会 新たな階層集団の出現』
<4> 町山智浩 『〈映画の見方〉がわかる本80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀』
<5> シェイクスピア作 菅泰男訳 『オセロウ』
<6> シェイクスピア作 木下順ニ訳 『マクベス』
<7> ポール・オースター 『孤独の発明』
<8> R・ホーフスタッター 『アメリカの反知性主義』
<9> 大江健三郎 『空の怪物アグイー』 2/24
<10> 大江健三郎 『見るまえに跳べ』 2/27
<11> 大江健三郎 『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』 
<12> 大江健三郎 『個人的な体験』
<13> 山田宏一 『次郎長三国志 マキノ雅弘の世界』
<14> 大江健三郎 『ピンチランナー調書』
<15> 内田樹 『寝ながら学べる構造主義』
<16> 赤瀬川源平 『超芸術トマソン』
<17> 吉本ばなな 『アムリタ(上)』
<18> 吉本ばなな 『アムリタ(下)』
<19> 麻野 一哉・飯田 和敏・米光 一成 『日本文学ふいんき語り』  
<20> 大江健三郎 『洪水はわが魂に及び(上)』
<21> 大江健三郎 『洪水はわが魂に及び(下)』
<22> 寺山修司 『さかさま恋愛講座 青女論』
<23> 深沢七郎 『庶民列伝』

以上が記録をきちんとつけている4月まで。以下順番は不明。
大江健三郎
『同時代ゲーム』
『「雨の木」を聴く女たち』
『小説のたくらみ、知の楽しみ』
『人生の親戚』
『燃えあがる緑の木 第一部』
『燃えあがる緑の木 第二部』
『燃えあがる緑の木 第三部』
『私という小説家の作り方』
『取り替え子』
『憂い顔の童子』
『叫び声』
『万延元年のフットボール』
『みずから我が涙をぬぐいたまう日』
『河馬に噛まれる』
『新しい人よ眼ざめよ』
『宙返り(上)』
『宙返り(下)』
『懐かしい年への手紙』
『M/Tと森のフシギの物語』

というわけで、予定していた2006年中に大江健三郎作品を全て読むのは叶いそうに無い。
数冊は来年に持ち越しか。

町田康
『権現の踊り子』
『耳そぎ饅頭』
『つるつるの壷』
『へらへらぼっちゃん』
『屈辱ポンチ』
『くっすん大黒』
『夫婦茶碗』
『きれぎれ』
『実録・外道の条件』
『人生を救え!』(町田康・いしいしんじ)
『パンク侍、斬られて候』
『猫にかまけて』
『告白』

今年の読書は主に町田康と大江健三郎であったことよのう。

他色々。

中島らも 『ガダラの豚?』
中島らも 『ガダラの豚?』
中島らも 『ガダラの豚?』
椎名誠 『春画』
椎名誠 『かえっていく場所』
池波正太郎 『男の作法』
中原昌也 『あらゆる場所に花束が……』
梁石日 『夜を賭けて』
開高健 『日本三文オペラ』
安部公房 『砂漠の思想』
フォークナー 『八月の光』
寺山修司 『幸福論』
寺山修司 『私という謎』

何冊か書き落としている気もするけれど、ざっと本棚を見渡したところ、以上のような感じ。

以下ノンフィクション篇

井上達夫
『他者への自由』
『共生の作法』
『法という企て』
『現代の貧困』
『普遍の再生』
『体制改革としての司法改革』

岩井克人
『貨幣論』
『ヴェニスの商人の資本主義論』
『二十一世紀の資本主義論』
『資本主義を語る』
『資本主義から市民主義へ』

木村敏
『あいだ』

柄谷行人
『倫理21』
『差異としての場所』

宮台真司 『これが答えだ!』
小森陽一 『レイシズム』

他数冊あると思うのだが…。
こうして見ると偏っているようにも思うが。

ノンフィクション部門は、井上達夫の一年だった。
新刊は買ったけれどまだ読んでいない。

84冊+αといったところか。
映画を超えたのは初めてかもしれない。

雑誌と漫画は数えるときりがないので、書き上げない。

四月までは月毎につけていたけれど、五月からなし崩しになっているようだ。
来年からは、きちんと書けるように。
50本くらいだろうなあ、と思っていたら実際、その通りでちょっと驚いたけれど、今年は自宅観賞の割合が高いなあ。

[1] 『ハムレット』 (監督:ローレンス・オリヴィエ) 自宅にてVHS観賞
[2] 『ハムレット』 (監督:ケネス・ブラナー) 自宅にてVHS観賞
[3] 『ハムレット』 (監督:フランコ・ゼフィレッリ) 自宅にてVHS観賞
[4] 『ハムレット』 (監督:マイケル・アルメレイダ) 自宅にてDVD観賞
[5] 『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』 (監督:アキ・カウリスマキ) 自宅にてVHS観賞
[6] 『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』 (監督:トム・ストッパード) 自宅にてVHS観賞
[7] 『侠骨一代』 (監督:マキノ雅弘) 新文芸坐にて 2/16
[8] 『侠客列伝』 (監督:マキノ雅弘) 新文芸坐にて 2/16
[9] 『次郎長三国志 第一部 次郎長売出す』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/20
[10] 『次郎長三国志 第二部 次郎長初旅』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/20
[11] 『次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/21
[12] 『次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/21
[13] 『次郎長三国志 第五部 殴込み甲州路』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/22
[14] 『次郎長三国志 第六部 旅がらす次郎長一家』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/22
[15] 『次郎長三国志 第七部 初祝い清水港』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/23
[16] 『次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 2/23
[17] 『ばかのハコ船』 (監督:山下敦弘) 自宅にてDVD観賞 2/28
[18] 『次郎長三国志 第九部 荒神山・前編』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて
[19] 『次郎長三国志 第一部(東映版)』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて
[20] 『次郎長三国志 第七部 初祝い清水港』 (監督:マキノ雅弘) シネマヴェーラにて 
[21] 『ボブ・ディラン ノーディレクション・ホーム』 (監督:マーティン・スコセッシ) シアターイメージフォーラムにて 3/28
[22] 『サマータイムマシン・ブルース』 (監督:本広克行) 新文芸坐にて 4/1
[23] 『運命じゃない人』 (監督:内田けんじ) 新文芸坐にて 4/1
[24] 『マンダレイ』 (監督:ラース・フォン・トリアー) シャンテシネにて 4/20
[25] 『ロード・オブ・ザ・リング スペシャルエクステンデッド・エディション』 (監督:ピーター・ジャクソン) 新文芸坐にて 4/22
[26] 『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔 スペシャルエクステンデッド・エディション』 (監督:ピーター・ジャクソン) 新文芸坐にて 4/22
[27] 『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還 スペシャルエクステンデッド・エディション』 (監督:ピーター・ジャクソン) 新文芸坐にて 4/22
[28] 『ビデオドローム』
[29] 『さらば箱舟』
[30] 『ゆきゆきて神軍』
[31] 『アンジェラ』
[32] 『間宮兄弟』 (監督:森田芳光)
[33] 『ロシアン・ドールズ』
[34] 『ふたりの5つの分かれ路』
[35] 『ナイロビの蜂』
[36] 『ぼくを葬る』
[37] 『酔いどれ天使』
[38] 『河内山宗俊』
[39] 『丹下左膳餘話 百万両の壷』
[40] 『人情紙風船』
[41] 『赤西蠣太』
[42] 『決闘高田馬場』
[43] 『鴛鴦歌合戦』
[44] 『ジャッカス・ザ・ムービー』
[45] 『ゲッタウェイ』
[46] 『笑の大学』
[47] 『ワイルドバンチ』
[48] 『ルナシー』
[49] 『アンダーワールド・エボリューション』 
[50] 『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 
[51] 『ロフト』  
[52] 『ローズ・イン・タイドランド』 
[53] 『わらの犬』
[54] 『荒野のガンマン』
[55] 『昼下がりの決斗』

今月何観た

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書留めとかんと忘れることもある。

12/2 『ルナシー』 驚く程政治的な話だった。
12/7 『アンダーワールド・エボリューション』 相変わらずの抜けっぷり。酷い。
    『ヒストリー・オブ・バイオレンス』 傑作。
12/8 『ロフト』 大いなるアンチクライマックス。 
    『ローズ・イン・タイドランド』 観客の人質としての美少女。
12/12? 『わらの犬』 傑作。
12/21 『荒野のガンマン』 くすぶり続けるペキンパー節・長篇デビュー作。
12/23 『昼下がりの決斗』 老カウボーイの気概がかっこよすぎて。

今年中に全ての感想を書くことはもう無理なのかもしれない。

せめて、今年観賞の映画をまとめる作業はしておきたいものではあるが。

マニアやおたくというものは総じて人に何かを薦めたがるもので、私もそうなのだろう。
今までに二度ほどここで人に強く映画を薦めたことがあったが、両方ともに一人づつは観にいってくださったかたがいられるようで、マニアやおたく冥利に尽きるということになるのであろう。

さて、今回も2006年の締めくくりとして、映画を一本薦めておこう。
去年のクリスマスイブに私が観た映画が、ちょうど一年後の今年に再上映されるらしい。

それは、『ある子供』である。
http://blog.mensura-zoili.com/archives/2005/12/post_245.html
一年前の感想。

本当にすばらしい映画なので、お暇な方はぜひ観にいってみてください。

12/26 火曜日 池袋新文芸坐にて
http://www.shin-bungeiza.com/schedule.html

私も行こうかな。

止揚

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久々のエントリ。
色々と観たものがあるから書かなきゃいかんのだけれども、まあ、もうちょっとしてから。

街にもメディアにもクリスマス気分が最高潮というところだけれど、当然のことながら、このクリスマスという習慣に疑問を投げかける人も多いようだ。
その理由にも様々あるのだろうが、恋人達の行事になっているのがおかしい、という主張が最も大きなものだといってもよいのではないだろうか。
そもそものキリスト教の行事からかけ離れているという人びとも、その主張に与しているようだし、単なるルサンチマンから主張する人も多いようだけれども。

そして、そのような主張の人たちは、家族で過ごすクリスマスはおかしくないと認めているように思う。
それは違う、家族で過ごすクリスマスも、キリスト教徒ではない以上、シンクレティズム(最近覚えた言葉を使ってみたかっただけ)だと批判する向きもあろうが、そもそもそのような人々が「本場」とするアメリカでのクリスマス事情も、サンタクロースが清涼飲料水のイメージカラーを着込んでいたりしているし、ベツレヘムには生えないモミの木を飾っていることから考えると、案外曖昧なものだろうと思う。

そうすると、恋人達のクリスマスがおかしくて、家族で過ごすクリスマスはおかしくないということになる。そして、その考え方が暗黙のうちに前提している条件をあげることができる。
それは、恋人は家族ではない、ということである。

ここに、クリスマスに対する恋人達に毒された商業主義的な退廃だ、とする批難から、クリスマスを救う手立てが存在する。
そう、止揚するのだ。

つまり、恋人と過ごすクリスマスと家族と過ごすクリスマスとの葛藤を、恋人が家族ではないという前提を崩すことによって、止揚してしまえばよいのだ。
ここまで言えば充分だろう。
恋人を家族と認めてしまえばよいのである。
そうすれば、恋人と過ごすクリスマスは、家族と過ごすクリスマスということになり、世の中は平和になるではないか。

尤も、単純なルサンチマンから世を呪うトラヴィスのような人びとは救われないかもしれないが、そういう人は別に平和を望んでいるわけではないしね。
はは。

へらへら

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どことなく浮き足立った金曜日の夜の交差点で、私はつまり、へらへらとしていた。
開けたばかりのピアスの穴は少しジクジクとしたが、師走になったばかりの冷気は心地よかった。早めに出来上がった酔っ払いたちからであろうアルコールの匂いは、若干気にはなったものの、もうじき私も彼らの仲間入りなのだと思うと、さして気にもならない。じっさい、珍しく微笑ましくも感じたものだった。
中々変わらない信号機から、視線を上に上げると、中途半端に満ちたか欠けたか、つまり、半月よりは少し太く、満月よりは少し細い、そんな月がネオンに負けじと明るく光っており、その下にはこれまた中途半端なイルミネーションがせわしなく何かを掻き立てようとしていた。
私はさらにへらへらとし、へへ、中途半端やと笑った。微笑ましい。
ジクジクのピアスの穴も、スーツを着た酔っ払いのアルコール臭も、中途半端な白いクリスマスツリーも、月も、微笑ましい。全て洗い流したくはあるけれど、それはそれで。
さて、まだ約束の一時間まで時間がある。この辺で珈琲は何処で飲めるか、なんて事を考えていると、信号は変わった。

シアトル系の珈琲店は、ヒトンチのリビングにありそうな馬鹿でかいテーブルと、へにゃへにゃのソファーが妙に狭い間隔で配置されており、電卓を凄い勢いで叩いている、なぜか靴を履いていない男と、スポーツ新聞をわき目も降らずに読みふける今風の青年とに挟まれ、向かいには紙コップに付属しているプラスチック製のカヴァーを外さずに珈琲を飲む輩は信じられないと高らかに宣言している母娘とにかこまれ、先程のへらへらは消し飛んでしまった。
そうこうしているうちに、約束の時間はオーヴァーしてしまい、私は焼き鳥屋で、コミュニケーションよりも会話を愉しみ、またへらへらとして、帰って、寝た。

総括すると、矢張りへらへらとしている。そんな日常である。

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